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2012.01.05

一月5日 大安 そして 70億

一月5日 大安 そして 70億

昨年、10月31日、地球上の人口が、70億を突破した。 この日、産まれた赤ちゃんは世界中で、祝福された。 真に目出度いことである。 

しかし、しかしである。 これら新生児が育ち、住まいするべき、この地球上の環境は悪化一方の様相である。 昨年の地球がそれを象徴している。 日本のみならず、世界の各地で頻発する大地震、津波災害そして連続する余震、、集中豪雨による想定外の水害、大洪水、枚挙にいとまがない。

耕地は壊滅し、工場は水没し、生産がストップする。 ネガティブの連続である。

将来的にも、世界のエネルギー事情は逼迫する。 食糧は必ず不足する。 資源は枯渇する。 決して好転する兆しはない。 しかも人口はさらに増加するという。
こんな地球環境の中での生存は至難であり、悲壮である。

ところで、 昨年末だったと思うが、NHKで「これからの日本の財政、税金」についての、某アナウンサーの司会によるスタジオでの討論集会が実況された。 経済専門家、選抜された視聴者を含めてのライブな討論会であった。 今後の日本の少子高齢化と老人福祉、膨大な赤字財政にどう対処するのか、税金対策が主な議題となっていた。 

私もその大方を聞いていたが、某アナウンサーの口振りに、はっきりとは言わないが、「年寄りは死んでください国のため」と言う雰囲気がありありと感じられた。 多くの経済専門家の言葉の中にも、表現は濁しているが、同じ雰囲気が感じられるものがあった。 と、見たのは私のひが目であろうか?

事実、日本の老齢医学会では、半強制的に行われてきた、胃瘻(胃ろう)は控えるべきだ、との意見が医師の側からも具申されてきている。 このような雰囲気は、益々拡がることだろう。

この国内的、そして国際的状況を避ける手段は一つしかない。 人口を積極的に減少する政策を、国連レベルで、決定し実行することである。 端的に言うなれば、安楽死を許容することである。 人は様々であり、幸せな人もいるが、不幸な人も数多くいる。 幸せを感じている人は、多いにその生き続ける権利を主張し、行使すればよい。 しかし一方、私のこれまでに、見、聞きしてきた事象の中には、「死にたい」と医者にまでも話し、安楽死を希望する老女や翁も多かった。 一部の国、またはアメリカの一部の州では、安楽死を条件付きながら認めているところもある。 が、国際的なレベルには達していない。 これからの世界では、これが必要となるに違いない。その人が希望するのであれば、その人の死を選ぶ権利(尊厳死)を認め、安楽死(尊厳死)を執行する許可を医師に与えればよい、と思う。

昭和23年12月10日は、国連で、「世界人権宣言」が採択された日である。 それに基づいて例えば京都市では、12月を人権月間としていた。 「人権」は貴く尊重されるべきである。 が、その人権の中でどうして「個人の死ぬ権利」は否定されるのだろう。 これも貴重な「人権」だと思うのだが。

我が国には尊厳死協会なるものがある。 私もその会員になっている。 尊厳死協会の登録者は年々増加し(平成23年12月5日現在 12万3858人)、国会に法制化の提案もされているが、今のところ全く無視されている。 実際の所、近未来のこの地球の破滅的な様相を考えれば、これは一個人、また一国だけの問題ではない。 国際的レベルで、「個人の死ぬ権利」についての議論を進めるべき段階に来ているのではないか。

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