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2011.11.25

初冠雪

初冠雪

比叡山には見えないが、京都の北山連峰には、キラキラと初冠雪しているのが見える。 寒波襲来である。 それでも京都の街は、紅葉狩りや修学旅行の学生さん達,行楽客で賑わっている。 京都ではとりわけ秋に、いろいろとイベントが多いこともある。 しかし正直なところ、今年の紅葉は枯れ葉に近いものが多い。 例年のように感動するほど美しくはない。 もっとも私自身は、今の体調では、例年のように紅葉狩りに出歩く体力が無い、に近いので、負け惜しみに聞こえるかもしれない。 呵々大笑。 登山でも、旅行でも、紅葉狩りでも行けるときに行っておくものだ。  

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2011.11.17

桜井の別れ

桜井の別れ

今朝目覚めたとき、何故かしら突然、口をついて出てきた歌は、「大楠公」の一節であった。 
「大楠公」    歌  
落合直文 
          曲  奥山朝恭 

1. 青葉茂れる桜井の  
   里のわたりの夕まぐれ   
   木の下かげに駒とめて
   
世の行末を つくづくと
   偲ぶ鎧の袖の上に  
   散るは涙か、 はた露か 
2. (以下略)

実際、今の世の中、地球も、世界も、日本も、世の行く末は真っ暗である。 「頑張ろう日本」のかけ声、意気ごみはあるし、必要だが、端的に言って、30年先の日本はどうなっているか? まさに疑問である。

勿論私は、30年先にはもう生存はしていないが、今の私は、これから兵庫の湊川に、足利尊氏を迎え、討ち死にを覚悟で出陣する楠木正成の 心境そっくりである。

私事になるが、現在の私は、日本の難病の一つに数えられている「肺高血圧症」の状態にある。 この病気の患者数は、日本では、2000人足らずだが、原因不明なことが多く、最終的な治療法は「肺臓移植」しかないらしい。 肺臓移植に関しては、最近かの、天下の京都大学病院で、相次いで2例もその失敗が報告され、病院長が頭を下げていた。 とにかく、難しい手術であり、私のような高齢者が受ける手術でもなければ、受ける気もない。

http://pah.jp/pah/index.html

 私の場合、「肺高血圧症状」が現れた理由、原因はある程度推測できており、それなりの対処療法は実行している。 例の利尿剤とワーファリンである。 最近開発された肺高血圧症の経口治療薬も、畢竟、血管を広げるもので、極端に低血圧になる危険性を持っている、ので私は試用する気もない。 自分なりによく研究(?)し、自己管理に努めるしか道はない。 これもまた、一つの人生である。

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2011.11.06

愚妄

愚妄

最近、河原町三条のコーナーに、ロイヤルホテルがオープンした。 その一階には道路に面して進々堂のパン屋さんが入っている。 実際にその場でパンを焼き、美味しそうなサンドイッチなどを売っている。 そのサンドイッチを買い、隣接する喫茶コーナーで、コーヒーを喫みながら一服しようと、店員に告げたら、モーニングタイムならともかく、ランチタイムは席が込み合うから、その種のお客は受けてない、何かランチタイムメニューからお選び下さい、とメニューを渡された。 メニューの写真を見ると、価格はともかく、ポテトフライなどもこんもりと、何れも我々シニアーには重すぎる感じがする。 結局迷った末に、メニューの下の方にあった、スパゲッティを頼んでしまった。 パン屋さんのスパゲティは正直言って、美味しくなかった。 
パン屋さんでは、パンを食べるべきで、パン屋さんでスパゲッティを頼むのは愚である。

タカシマヤの7階、食堂街に行ったとき、牡蠣フライ定食が食べたくて、いつものレストランに行ったら、今秋はまだやっていないと言う。 仕方なくうろうろしていたら、たまたま豚カツ屋が「牡蠣フライ御膳」なるものを表示しているのを見つけた。 我々シニアーには一寸重すぎたが、ともかくこの秋、始めての牡蠣フライなので、店に入って注文した。 豚カツやとはどうして何処の店でも、こんなに暗いのだろう、と思いながら、暫く待っていたら、ドサッと膳が運ばれてきた。 豚汁はそれなりに美味かったが、肝心の牡蠣は、いわゆる豚カツ同様の厚い衣に包まれて、トンならともかく、牡蠣は小指の先ほどに縮んでしまい、分厚い衣だけを食べている感じで、牡蠣の旨味は何処にもなかった。 豚カツ屋では、豚カツを食べるべきで、豚カツ屋で牡蠣フライを注文するのは妄である。
蓋し 有名なそば屋に入って、うどんを注文するがごとし、である。
何れも、これらを愚妄という。

最近、自分には、この種の愚妄が多いと、反省している。

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2011.11.03

文化の日そして明治節

文化の日そして明治節

11月3日、文化の日である。 長くこの日は、明治節とされてきた。 明治節の歌、「アジアの東 日いずるところ」で始まるこの歌の旋律は、実に美しい。 文部省選定とされているが、この歌の作詞、作曲をされた御仁は偉大だと思う。

今ひとつ私には忘れ難い明治の帝の歌がある。 近い将来、もう誰も歌わなくなり、忘れ去られる歌と思うので、ここに遺しておきたい。

明治の天皇(みかど)の聖旨(みむね)にて
錦城城下、樟蔭に
榮えし母校のあと慕い
皇紀二千六百年
ここ、金剛の峰近く
再び聳てり我が武窓

ああ、菊水の旗じるし
磨きし山の気に勇み
七生の霊魂(たま)、留まりて
忠義の血潮、染むところ
集う健児は栴檀の
双葉ながらも芳しき

四条畷の山桜
朝日に匂う真心を
朝な夕ない浄めつつ
仰ぐや燦たる御紋章
勅諭のままに身を捧げ
文武の道に、いそしまむ

日露の役の昔より
皇戦、ここに幾たびぞ
母校の生みし軍神
雲と出でたる名勝の
勇武の誉れ忠誠を
承け伝えなむ永久に

八紘一宇、大御稜威
四百余州に照り映えど
興亜の前途、ほど遠く
西欧、またも風荒れて
西海の波は立ち騒ぐ
若人の任、いや重し

聖地に磨く我が精神
浄地に鍛う我が身体
聖き誓いを結びつつ
強く正しく進みゆき
生きては皇国の楯となり
死しては護国の神たらん

(大阪陸軍幼年学校 行軍歌)

今年は皇紀二千六百七十一年になる。 七十余年前、現実にこのような歌を歌いつつ、現地自活の訓練のために、南河内の山林を開拓するため、行軍した思い出がある。 あの時、敵艦載機が上空をかすめ、機銃掃射はなかったが、燃料タンクを落としていった。 それを回収し、母校まで運んだときも、この行軍歌を歌って帰った。 制空権は既に、完全に、敵側の手にあったのである。 

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