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2011.10.26

木枯らし一号

木枯らし一号

今日、京都にも木枯らし一号が吹いた。 さすがに寒い、 急遽、冬支度を急がねばならぬ。 急がねばならぬ事、身辺整理、片づけ、廃棄処分と、実はいろいろあって、既に手に負えない状況である。 

毎日の生活の中で、朝、昼、夜の献立を考え、作り、片づけるだけでも相当な苦労である。 これまで二人で、相談してそれなりに、手作り料理を楽しんできたが、それを維持することの困難さが如実となってきた。 困難さの発端は、私の「食塩制限」にある。 一日6グラム未満とされる献立を考える、作るのは、大変な精神的、肉体的苦労が強いられるのだ。 

そこで我々は食事スタイルを大幅に変革、する事にした。 朝は、日野原重明先生の朝のメニューに準じて、バナナ、きな粉と蜂蜜入りの牛乳、野菜、それに例えば△チーズ、果物を摂ることにした。 食塩量は0.5グラム未満であろう。 昼は、その日その日の自家製お好みコースを、簡単に造り楽しむ。 うどん、パン、肉まん、など粉食が多い。 今が旬の栗入り赤飯なども登場する。 外食を楽しむ時もある。 
夜は食塩制限が厳しく指定されていて、且つ献立の種類の多い、セブンミール(セブンーイレブンのお食事サービス)の副食を購入する。 セブンミールでは食塩量はいつも、2.5グラム未満とされている。 このように食塩使用量が、記入されているのを知るだけで、これを食事する身にとっては、大きな安心が得られのがよい。 

セブンミールが連続すると、やはりもう少し、自由度がほしくなるので、一週間の内2日ほどは「お好みデー」とし、或いは旬の湯豆腐を楽しむ、或いはスパイスを効かせて自家製のカレーライスを楽しむことなどにしている。

木枯らし一号、いよいよ冬が近い。 皆様方も御自愛専一に。

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2011.10.19

記念日

40周年記念日

今日10月19日、私にとっては記念日である。 吾が人生を賭けた大手術、当時まだ医学的にも実験段階であったところの、心臓の僧帽弁置換手術を受けた、その日である。 手術は成功し、私は蘇ることが出来た。 今日はその日、40周年記念日なのである。 

昭和46年10月19日、神戸大学病院第2外科、麻田 栄 教授、中村和夫助教授、そして第2外科教室全スタッフ、の協力の下、麻田 栄 教授の御執刀を受けたのだった。当日朝、ストレッチャーに寝かされて手術室に向かうとき、中村先生が、私の肩を軽く叩いて、「手術は大丈夫だから、安心してなさい」と言って下さって、私自身本当に安心したことを今でも思い出す。

当時私は満の40歳、私には、父や母、そして二人の幼い子供達が残されている身、ここで死ぬわけには絶対にゆかなかった。 

先生方の絶大な御尽力、病院スタッフの懇切な看護、それにもまして家族、親族の深い愛情と気配り、そして島根大学研究室の教官、学生達の支援、などなどを受けてたお蔭で、私は8時間の手術に耐え、蘇ることが出来たのだった。 ICUで目覚めたとき、付き添ってくれていた親戚の克恵さんから、「蘇りを祝して」のメッセージと共に、小さな折り紙の鶴が枕元に置いてあったのも、今だに鮮明に覚えている。

あれから茫々40年、その時、その後を思い出すに感慨無量のものがある。
当時、実験段階であった心臓手術の、私の手術経過は翌年のモスクワに於ける、国際心臓外科学会で麻田先生により発表紹介された、のだった。 

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2011.10.14

秋冷

秋冷

秋冷や 人二人居る 温かさ

今年は夏から秋をとばして、冬に直行しそうなほど、気温の変化が激しい。 このところ急に寒くなった。 
こんな時、たまたま留守番役で、一人で家にいると、狭い家ではあるのだが、ぞくぞくと寒気がする。 仕方なく冬用のジャンバーを出してきて着込んだりする。 当然動作が緩慢となる。
そんな時、外出していた妻が帰宅し、部屋が二人となると、部屋そのものが温かくなった様に感じる。 あくまでも感覚的なものだろうけれど、えらい違いである。
やはり独りは寒い。 二人がよいと思う。 

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2011.10.13

華麗なる転進

華麗なる転進

10月8日、ホームドクターの進言もあり、急遽飛び入りで、名古屋ハートセンターに赴き、精密検査を受けた。 当日担当医になったK医師は、飛び入りの患者であるにもかかわらず、私の検査結果を長時間かけて解説してくださり、また綿密な指示、アドバイスをしてくださった。 その結果、当日存在していた胸水は大幅に減少し、今では呼吸が楽になった。 何よりも仰臥位で普通に眠れるのが最高に嬉しい。 また、先生の御指示通り、ワッファリンの服用も再開した。 

名古屋ハートセンターは、真実、頼りに出来る病院である。  

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2011.10.05

鳥獣跳躍

鳥獣跳躍

洛北修学院、曼殊院近くの田畑には、夕刻迫る頃から猿、猪、鹿などがお出ましとなる。 稲架に架けた稲束を、雀ならぬ猿たちの集団が、今年の新米だとばかり、うまそうに食い始める。 
怪しからぬ とばかりに石を投げつけると、さっと身を翻して隣接している精華大学の屋敷の中に逃げ込む。 人が姿を消すと、早速に集団が現れてまたもや、新米の試食会が始まる。 これの繰り返しである。 そして今年の新米の収穫は無いに等しくなってしまう。 
しかし好くできたもので、これらの鳥獣被害に対して、農協の保険がかけられるとのことである。 農協職員が実際に被害状況を調査し、査定し、当該農家には保険金が下りる。 農家は、その保険金で今年の新米を買うことが出来る、と言う仕組みである。 可笑しいが、笑えない話である。

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2011.10.03

ワッファリン、バイアスピリンとの訣別

ワッファリン、バイアスピリンとの訣別

今日3日、かかりつけの医師との相談で、これまで、40年間続いていた血栓防止剤、ワッファリンとバイアスピリンの服用を中止することに決定した。 私にとっては、記念すべき日である。

その動機は、このところ頻発する鼻血、出血である。 8月の10日夜に、両側の鼻孔より大出血があり、いつものように京大耳鼻咽喉科の救急外来での処置をお願いしたところ、電話にでたKITAドクター(と思う)は、診察処置を拒否する、来てもらっても私は何もしませんと、明言した。 どうすれば宜しいか?と尋ねたところ、両鼻孔を押さえなさいという。 もう先ほどから1時間も抑えていますが・・・、と現状を伝えたところ。それは押さえ方が悪いのです。 と宣われて話にならない。 とにかく来てもらっても何もしないと言うのだから、埒があかない。 と、いって 行くべき救急病院を紹介するわけでもない。 全くひどい教室である。

その間にも、鼻血は両側から滂沱として流れ、私も家族もパニック状態である。 仕方なく今まで通院したことのある病院に片っ端から電話したところ、第二日赤の受付の方が、今の時間ならまだ間に合うから、すぐに、七本松の「丸太町病院」の救急外来に行きなさい、と親切なアドバイスを戴いた。 早速に、丸太町病院に電話し、現状を報告し、処置をお願いした。 午後11時までが制限時間だから、と言うことで、大急ぎで、タクシーで駆けつけた。 ぎりぎり11時に間に合い、手続きをし、処置をしてもらった。 止血処理はたった2分間で終わった。 有難かった。 そして茫然感とワッファリンへの恐怖感が残った。

恐怖感を持ちながらも、それでも血栓防止の大義のために、ワッファリンとバイアスピリンは服用し続けた。 やや小康を得たかなと思っていた矢先、忘れもしない台風15号の夜、またしても両側からの鼻血が流れ出した。 またしても、長路「丸太町病院」に駆けつけ、圧搾止血処置をしてもらった。 これは息苦しいが、仕方ない。 当直の先生はかかりつけの医師と相談しては、示唆された。 私は自己判断で、ワッファリンを止めバイアスピリンだけを服用することにした。 

が、結果は同じだった。 その一週間後何故かしら、また夜に鼻血を見た。 また、丸太町病院である。 もう、どうでも良いと、やけくそになりかけた。

そして今日、3日、かかりつけの八田一郎医師と相談したところ、総合的判断として、血栓防止剤、ワッファリン及びバイアスピリンの服用は、今日をもって中止することとなった。 鼻血の心配さえなければ、私も活動しやすくなると思うが、どうであろうか?!

参考:丸太町病院  京都市内唯一の専門医による救急外来向け耳鼻咽喉科 

京都市中京区七本松通り丸太町下がる 電話;075-801-0351 

但し月~金曜日 午後7時~午後11時

 

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