« August 2011 | Main | October 2011 »

2011.09.29

万理一空

万理一空

新大関の琴奨菊は、その口上で「万理一空の境地を求めて精進いたします」と述べたとの報道があった。 剣聖 宮本武蔵の兵法にある四字熟語で、琴奨菊の説明では、「すべての理(ことわり)は一つの空に連なっていく。 どんな努力も目指す先は一つ。 努力の先に光がある」ということである。

「空」と聞くと仏教哲理にある「空」を連想する。 武蔵の万理一空の「空」も同じ哲理から由来していることと思う。 琴奨菊の説明の前段も正にそれを述べているのだろうが、それが何故後段の結論になるのか、その関連性が私には解らない。 結論自身は正しいことではあるが、何か飛躍しすぎているような無理を感じる。 皆さん方は如何に思われていますか? そんな屁理屈を言わないで、ただ聞き流しておけばよいのかもしれませんね。

それにしても、今の世界はややこしい世の中ですね。 もっとスマートでわかりやすい世の中の方がいいですね。

| | Comments (0)

2011.09.18

秋の味覚 きのこ ベクレル

秋の味覚 きのこ そして ベクレル

これからのシーズン 秋特有の味覚として 山のキノコ類がある。 松茸はその代表格であろう。 ところが今年は 例の放射能汚染の拡大によって、山に自生するキノコ類を食することにも警告が発せられている。 とりわけ親樹木(例えば松茸の場合は赤松)から直接間接に養分を取り込んでくるキノコ類では、汚染、例えばセシウム137の濃度は、濃縮されているから要注意とのことである。

実際に測定してみないと解らないけれど、例えば国産の松茸1kgあたり、500ベクレルのセシウム137が検出されたとすると、これを食した場合、0.0065ミリシ-ベルトつまり、6.5マイクロシーベルトの体内部被曝を被ることになる。 現時点での我が国の、原子力安全委員会は、暫定基準ではあるが、放射性セシウムの摂取許容量は、年間5ミリシーベルトとしている。 500ベクレルの松茸1kg(0.0065ミリシーベルト)の約770倍の 値である。 これくらいの余裕があるならば、毎日松茸1kgを食べるわけでもないから、一年に一回(価格さえ許せば)たっぷり国産の松茸を食べてみたい、と思うのは自然であろう。 
皆さんはどう思われますか?

ちなみに我が国の食品安全委員会では、人間一生涯での許容される線量は、100ミリシーベルト内を基準としている。 
ところが一方、国連科学委員会(ICRP)によると、現在及び将来においても、人間(全身)の健康を損なう恐れのない、年間の最大許容被曝線量としては、50ミリシーベルトを挙げている。 
何れにしろ、放射線被曝は少ないに越したことはない。 が、現実の生活では、放射線は宇宙からも大地からも降りかかってきているし、避けることは出来ない。 とりわけ医療機関でのレントゲンによる被曝(診断)は必要不可欠な手段でさえある。 例えば医院において胸部X線写真一枚を摂ると、通常
65マイクロシーベルトの被曝を受ける。 松茸1kgの10倍である。 
結論的には、秋の味覚の王様、松茸を食べるのに何ら心配することはない、と言うことになる。   

(参考) リウマチ性疾患、関節炎、筋肉痛、神経炎等の治療効果があるとして、山陰の三朝温泉は古来有名である。 今も湯治客が後を絶たない。 この温泉は放射性ラジウム及びラドンを含んでいる、いわゆるラジウム温泉である。 源泉1リットル(1kg)当たり約23ベクレルの放射能を有している。 温泉で一浴すれば外部被曝とはなるが、治療効果もある。 さらに有効と言われている源泉のお湯を、一口飲めば内部被曝となる。 適当な被曝は適当な治療効果をもたらすという、古来からの経験が生きているのだ。

皆さん、三朝温泉で今が旬の松茸御膳は如何ですか?

| | Comments (0)

2011.09.12

三連休

三連休

今月9月には、日本の暦では、三連休が二回もある。 敬老の日(19日)と秋分の日(23日)はあまりにも接近しすぎていて、まともに仕事できる雰囲気では無かろう。 
元来、日本の暦では、三連休を含め、休日が多すぎる。 これはバブルの時代の産物であって、さかんに「ゆとり」などが強調された名残である。 いや残骸と言うべきか。

あの時代は既に過ぎ去った。 今の日本は「ゆとり」どころではない。 地震、津波、台風、豪雨、土石流、それに原発事故という人災まで加わり、未曾有の国難に直面している。 現実に、自衛隊、警察、消防そして数多くのボランティアの人々が、、土曜日曜を返上し、正に月月火水木金金で、日本の復興、復旧に精を出しておられるのだ。

この国難に対処すべき政府、そして東電、何れも信頼するにはほど遠いとは言え、やるべき立場にある人々は、口を開けば、一日も速い復興、復旧に「全力」を尽くすと言っている。 毎日、毎日、同じ事を聞かされているので、もう聞き飽きたほどである。 しかも復興、復旧には超多額の費用が要る。 それらはすべて、前倒し予算であり、ために現実、日本の国力の国際的評価は下がる一方である。 端的に言って、世界は近い将来日本が破産するのではないかと、危惧していると言うことである。

今、日本は三連休を謳歌する時代にはない。 昭和の日(4月29日)、みどりの日(5月4日)、海の日(7月18日)、敬老の日(9月19日)、などなどは不要であろう。 自分も高齢者になってから初めて解ったことだが、子供や孫が居る高齢者には、嬉しい日かもしれないが、世間には、身よりの全くない、いわゆる孤老も多いのである。 こんな人達の気持ちを察すれば、敬老の日程悲しく、辛いものはない。 何もわざわざ「敬老の日」など、政府が決めなくても、高齢者の住む近所や、町内、自治会で、随時、敬老の催しをすれば、良いことではないのか。

今、日本人はハングリー精神を持って、働かねばならない。 戦後の復興に努力したあの頃の、月月火水木金金で、働くべき時である。 世界は日本にそれを期待しているはずだ。   

| | Comments (0)

2011.09.08

進め 矢玉の 弾の中

進め 矢玉の 弾の中

老生、芳紀80歳、日本人男性の平均寿命(79.6歳)はクリアできたのだから、目出度いのかもしれない。 確かに達成感はある。 しかし、80歳での、いわゆる平均余命を調べると、何とまだ8年有余ある。 8年というと、ちょうど米寿である。 これは大変だと、思った。 健康であるならば、米寿は楽しいだろうけれど、満身創痍、薬漬け、或いは寝たきり状態での米寿は御免被りたい、と思う。 

問題はそこにある。 如何に現在の健康を維持しながら、米寿に向かって突撃するかである。 昔の軍歌に
「進め 矢玉の 弾の中 ・・・・・、」 と言うのがあった。 
これからの余命は全く、何時弾に当たるか判らない、最前線にいるようなものかもしれない。 敵前逃亡は許されない以上、雨霰と降り来る弾丸の中を、断固として突撃、前進するのみである。 
嘗て、軍神と言われた人の遺文に、 「断じて行えば鬼神もこれを避く」 と言うのがあった。 この気概こそが必要である。 

| | Comments (0)

2011.09.05

長い月

長い月

9月は旧暦名で長月である。 実際、実感として、日が短くなり、夜が長くなった。 だから長月というのかどうかは知らないけれど、今年の9月に入ってからの長雨には、本当に辟易した。 気象台の職員も初体験という、なにしろ記録的な超スロー台風のために、日本の各地で大災害が発生してしまった。 今回のこの予期せぬ長雨で、不幸にして災害に遭われた人々に、心からお見舞い申し上げます。

今日9月5日の新聞は、この大災害のニュースが圧倒的に多い。 そんな中、話は変わるが、朝日俳壇に、私の心境そのものを詠ってくれた俳句を見つけた。 心が晴れる感じだった。

新聞が休んでどうする終戦日  (大津市 辻 童舟)

同じ俳壇で、この日、終戦記念日を詠んだ句も列挙しておきたい。

水筒の身に副うへこみ終戦日  (東京都 望月 清彦)
実際あの頃、鋳物の水筒はそうであった。 カーキ色していた。

特攻の骨なき墓を洗ひをり  (新潟市 岩田 桂)

永久に昭和八月十五日  (金沢市 今村 征一)

銃焼きし少年八月十五日  (塩尻市 西條 良史)
私はあの日、日記を全部焼いた。

老斑の腕に目の行く敗戦忌  (松戸市 小田切 貢)

日本歴史上、最も大事な日が、こんな風に忘却とまでは行かなくても、無視されていくのが、嘆かわしく悲しい。 

| | Comments (0)

2011.09.02

船出

嵐の中の船出

今日、9月2日、野田内閣が発足した。 そしてこの日、大型で強い台風12号が、日本列島に来襲中である。 正に、内閣は嵐の中の船出となった。 内閣が、そして国会そのものが、この難局を乗り切るべく、一致団結して、日本のために頑張って欲しい。

| | Comments (0)

« August 2011 | Main | October 2011 »