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2011.01.30

燦たり 日本!

燦たり 日本!

異常寒波と異常降雪、加えて火山の爆発と降灰、まさに今の日本は天変地異の最中にある。これら暗く寒いニュースの続く中、昨晩のNHKによる「世界初の心臓再生技術」の放映と、今朝早朝のアジアサッカーでの優勝とは、まさに世界に冠たる素晴らしいニュースであった。 そこにはこれら日本チームの、素晴らしいチームワークがあったればこそであった。

今はサッカーのことはさておいて、心臓病患者として40年を生きている自分なれば、当然、この「世界初の心臓再生技術」をテレビにかぶりつくようにしてみた。 京都府立医科大学、循環器内科、心臓血管外科、幹細胞培養チーム 等々のこれまた素晴らしいチームワークの成果であった。

心筋梗塞で、心臓の広範囲に壊死を引き起こし、歩行も困難な患者の心臓より、幹細胞を取り出して、これを数千万倍に増殖培養した。 これらの細胞は、心臓由来のものであるだけに、見事に脈動をしている。 これらを、患者の壊死した心臓に注入、移植する。 この操作は、人間に対しては、世界でもめてのことであり、世界中の研究者、関係者の注目を集めたものだった。 手術は成功した。 患者は日常生活が出来るまでに快復したのであった。 これまた素晴らしいチームワークによる、世界に冠たる成果であった。 

京都府立医科大学、心臓チームの名は世界中に轟いたであろう。 燦たり 日本!!!

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2011.01.25

年賀状と寒中お見舞い:弔詞

朋友から年賀状をもらった
今年5月に会いましょう
と、自筆でコメントが書かれていた

年を越して彼の奥さんから
寒中お見舞いが来た
文面には
彼が年末、交通事故で逝ったと書かれていた

事故の詳細はわからない
が、ただただ茫然と天を仰ぎ
そして悲しく、
ただただ せつなく 嘆くばかりである

こんなことって、あるのが可怪しい
けれど、これが現実なんだ
僕らはどうしたらいいんだ
悲しみの中で
彼の冥福を祈るしかないのか

彼との思い出は多い
大学3回生の時
彼の呼びかけで
信州、笹ヶ峰の京大ヒュッテに
6人の友と遊び、
高谷の池の山小屋を経て
妙高山塊の一つ 火打山に登った

火打山への尾根道
尾根道を境にして
雲がダイナミックに
沸き起こる情景を見た
あのときの情景は
忘れることはない

笹ヶ峰のヒュッテからの帰り
野尻湖畔の東大寮に泊まった
当時まだ清く美しかった
野尻湖で
ボートに乗り、褌で泳ぎ、
和船を漕いで遊んだ

あのころみんな
元気で、希望に燃えていた

今年の同窓会で
あのころのことを話そうと
思っていたのに
彼は逝ってしまった

共通の思い出を持つ朋友を
失うことほど
寂しく悲しいことはない    合掌

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2011.01.20

大寒の日に

大寒

大寒から節分までの、この期間が一番寒いのだ、と気象予報官は言う。 実際、今日の大寒、寒風朔々として、身が凍えそうである。 

病院からの帰り、バス停でなかなか来ないバスを待っているとき、一人の老人が、話しかけてきた。 以前から糖尿の気があるので、歩くように言われて、毎日のように、あちこちと歩き回っていたら、正月頃から、急に足の膝が痛み出して、夜も寝られないと言う。一晩中、足をさすりさすりしているが、好くはならない。 医者には行っているが、好くなる気配もない。 話し相手になってくれる昔の友達は皆、先に逝ってしまった。 儂も本当は逝きたいのだけれど、お迎えがない。

足が痛くて、トイレも不自由するし、家のことは何も手伝えないし、女房の機嫌は悪くなる一方で、いつも喧嘩ばかりしている。 もう、生きていても仕様が無い。 昔、道楽で買った「骨董品」は、今では見向きもされず、却って捨てるのに金がかかる。 仕方ないから、昔買った「絵」などは、毎日少しずつ破っては、廃棄物袋に入れて燃えるゴミの日に出している。 痛くて、情けなくて、切なくて、早く死にたいのだけれど、どうすればよいのかね?

(これは今日の本当の話である)

こんな老人の声は最近よく耳にする。 単純に、医学や福祉で解決できる話ではない。
長寿世界一の,其れにしては、老人の孤独死や、さらには餓死状態で発見されることの多い、
この日本で、やはり、必要なのは、私は早急な「安楽死法」の設定だと思うのだが。 

今の日本の国会はあまりにも現実を知らなさすぎる。 その典型が 小沢 問題だろう。 これには正直なところ、あまりにも国民を馬鹿にしていると思えて腹が立つ。 民主党も情けないが自民党も、これまた情けない。 投票したい党派が・・・ないのだ。 と、言うことは民主主義というものの限界を危惧させる事態ではあるまいか。 
かの老人ではないが、
どうすればよいのかね?

   

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2011.01.17

最後の手紙

今日、17日は「阪神大震災」より満16年目であり、各地で、17回忌の法要などが、厳かに営まれたことが、ニュースとなっている。 とりわけわが子を亡くされた親御さん達の言葉や、映像は、悲痛であり、今更のように胸がいっぱいになる。 合掌。

実は亦、今から66年前、昭和19年12月7日に、「東南海大地震」がおこり、私の兄が、級友12人と共に死亡している。 当時、兄は満年齢では16歳、京都三中の4年生であった。 学徒動員令が下り、京都三中からは、愛知県半田の中島飛行機工場で「彩雲」などの航空機生産に従事させられていたのだった。 

東南海地震は12月7日の午後1時36分に起こったのであるが、ちょうどその日の午前中に兄が、父宛に投函した封書が、兄の死後、我が家に配達されてきた。 文字通り兄の 「最後の手紙」 である。 この辺りの事情については、このブログで、既に、「あの日、あの事、あの人達」、「最後の努力」や「12月7日」などに記述している、が、今日はあらためて亡兄の供養の一環として、その「最後の手紙」を以下に、原文のまま記載することにした。 向学心の強い 動員学徒の 当時の生活の実態がご理解できるのでないかと、思う。 合掌。

最後の手紙

                              昭和十九年十二月七日
父上様

日に日に寒さ加はる初冬となりました。 皆々様にはその後お変わりなく、元気にお暮らしのことと存じます。 自分も去る五日を以て、出動以来・満五ヶ月を経過し、益々元気・生産に敢闘しています。 父上様・母上様も生産に、防空に忙しい一日を送っておられることでせう。 呉々も体に気をつけられ、米英撃滅に歩を進めて下さい。 自分も、航空機増産に死力を尽くして、頑張り通す覚悟です。

次に進学の事ですが、昨日 草薙先生と対談あり、第一期、第二期、第三期の学校につき、いろいろ問われました。 第一期は主に官立大学予備科・高等学校ですが、三高はどうもむづかしいかと思ふので、大阪高校と決めました。 大阪は京都にも近く、且 神戸にも親類があることですから、便利だと思ひます。 第二期・官公立専門学校ですが、自分は父上の後を継ぎ電気方面に進まうと考えていますが、京工には精密機械・機械科等で、電気科、応用化学科も、設置されていないので、大阪工専にしやうかとも考えています。 大阪工専には電気工学科は、設置されています。 前に、京工に電気科が設置されるとの話がありましたが、其後如何なりましたか? 消息を聞かしてください。 
第二期は大阪か、京都工専かまだ迷っている次第です。 京工の精密機械科?大阪工専の電気科? 御意見をうかがひます。

第三期は・・・(中略)
何と言っても第一期若しくは第二期には入らねばなりませんから、皆いろいろ考えている次第です。 

もし上級学校へ入学できなければ、この中島に中等学校実業科として残り、勤務しなければなりません。 亦入学できたとしても、来年の六月まではこの中島で過ごさねばなりません。

亦、今日は公休日で、朝から部屋変えあり、一室に十四人となりました。 十五畳に十四人、少し窮屈ですが仕方ありません。 

最後に、寒さに向かう折から皆々様には 充分体に気をつけられる様に。
乱筆にて失礼、では さやうなら

追記、はなを、萬年筆 あれば送って戴きたい。

 愛知県乙川 新池寮               落合規秀 拝

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2011.01.14

雪ぞ降る

Photo_2 

年末年始はスポーツが旺んである。 私はとりわけ、ラグビーと駅伝が好きである。 勿論テレビ観戦だけであるが。 今年のように、厳寒が続くと、その中でのとりわけ、駅伝なんかは応援していても気の毒なぐらいである。 明後日、16日の京都での府県対抗女子駅伝は厳寒悪天候の中での競技となりそうである。 それぞれのチーム、それなりの対策を考えているはずだが、大変なことである。 タイムはとにかくとしても、それぞれが完走できることを祈りたい。 

明日、明後日とは、又、センター試験がある。 センター試験を受けなければ、実質、本番の大学入試が受けられない仕組みになっているから、とにかく、センター試験は受けなくてはならない。 それなりの勉強もし、努力もしていることだから、この時にこそと、全力を傾注してほしい。 

が、今年は異常である。 とりわけ日本海側では、海も荒れ、陸地は豪雪である。 まず試験会場へのアクセスが重大問題である。 私が島大に勤務していた頃、隠岐の島の高校生達は、気候が不順な折、連絡船が出ない可能性があるからと、数日間早めに試験会場の松江市に来ていた。 旅館に泊まる人も多い。 これだけでも、地元の受験生と比べれば、大きなハンディであるはずだ。 誰も言わないけれど、是は隠された問題だなぁと、思っていた。

そういえば、もう60年前、昭和25年に私が、大学入試を受けたとき、終戦後まもなくのことだったから、受験室の上の方の窓ガラスが割れていて、そこから、答案用紙の上にひらひらと雪が舞い込んできたことが、懐かしく思い出される。

受験も、駅伝も、頑張ってください。 応援しています。

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2011.01.12

寒中お見舞い

皆様 寒中お見舞い申し上げます

昨夏は例の猛暑、熱帯夜の連続で、是も地球温暖化の所為と、思い、又言われてきた。 そのためにこの冬は、暖冬かと予想されていたのに、なんと言うことか、この連日連夜の、厳寒,超寒冷、加えて記録的な豪雪、日本海側は勿論、太平洋側の名古屋、京都でも、記録的な低温が続いている。 要するに今のこの地球は異常なのである。 今回の異常的厳寒は「ラニ-ニャ」現象の所為であるそうな。

現実問題として、この地球の異常は非常に困った問題であるが、誰しも、異常現象は異常現象として、第三者的に観察し、理解している。 地球温暖化問題である。 この時点では誰しも、認知し合っているのに、そこに、自国の意見、主張を述べ出すと、国連レベルでは、全く意見の統一が出来てこない。 総論賛成、各論反対の御意見ばかりがまかり通り、結局地球本体の異常気象、温暖化防止の建設的な意見の統一は、・・・、無い。 悲しいことである。

皆様、今はとにかく風邪を引かないように、インフルエンザに罹らないように、肺炎にならないように、健康にご留意下さい。 私もそうします。

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2011.01.05

正月三日そして神勅

正月三日

大晦日の早朝から降り出した雪は、一時の休むこともなく静寂に、そして驚くほどの速さで、降り積もった。 洛北修学院地区では、悠に20cm を越える大雪となった。 この降雪はこの日、日本中でのことらしく、各地での交通麻痺や事故のニュースが報道されていた。 NHKがことあるごとに宣伝していた紅白歌合戦も、視聴することなく、入浴後早めに床についた。
午前2時頃だったか、家の外がにぎやかなので、目が覚めたが、正月元日の、例の、分厚い新聞を、深雪のため、バイクも使えないので、歩いて配達しているのだった。 誠にご苦労なことである。 雪はまだ降り続いていた。 新聞配達はあったが、この深雪のためか、世の中は静寂であった。 元日は静寂の中で明けた。

いつもなら初詣に出かけるところだが、今年のこの大雪では、とても外出できない。 我々老夫婦、どちらが転んで、怪我でもしたら大変と自重したのである。 と、折良く年賀状が届いた。 年賀状を見るのは、福を見るようで、一年最初の楽しみである。 とりわけ葉書の中に、短くても近況のコメントが記されていると、本当に嬉しい。 楽しい。 

二日の日、道を選び、足下に気をつけながら、鷺森神社の初詣に出かけた。 初詣の人出は多かった。 鷺森神社の祭神は素戔嗚尊であるが、その姉に当たる天照皇大神の社もある(写真)。

Photo  

神勅

豊葦原千五百秋之瑞穂国 是吾子孫可王之地也 宣爾 皇孫就而治焉 行牟  寶○之隆当与天壌無窮者

(とよあし原の ちいほあきの瑞穂の国は 是れ吾がうみのこの きみたるべきくになり
よろしくいまし すめみまゆきてしらせ 行きくませ あまつひつぎの 隆かえまさんこと まさにあめつちと きわまりなかるべし)

皆さんは神勅をご存じですか? 天孫降臨の時の勅(みことのり)なのです。 
それが神話であろうと、何であろうと、正月になると、時の総理や閣僚、或いは野党、自民党の党首らも伊勢神宮に参拝する。 理屈抜きに、天照皇大神はこの日本の国の「神」様なのである。 

我が家から鷺森神社までは緩やかな登り勾配である。 それでも、多分今、服用している心臓保護薬アーチストの効果のため、脈拍の上昇が制御されているために、ゆっくりとしか歩けない。 アーチストは厳しい薬だと思った。 服用を間違えると大変なことになるだろう。 
帰り道、下り勾配になると、それが軽やかに歩けるのだから、愉快である。 帰宅後、早稲田のラグビーを見た。 そのパスの軽快さは実に絶妙であった。 

私も学生だった頃、草ラグビーのウイングとして走り、パス球が私まで渡ってきたときの、疾走のことは未だに忘れられない。  

3日目、思いもかけずの、好天気になった。 が、外は寒い。 この日は、アメフトを見た、が社会人と学生の実力差が大きすぎて、こうなると見ていても面白くなかった。 

かくして今年の正月三日は、何ら建設的なこともなく過ぎていった。 しかし、考えてみれば、何らの病も怪我もなく、正月を過ごせたことこそが、今の私にとっては建設的なのだ、と考えることにした。

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2011.01.01

年賀

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