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2008.05.27

エコライフ

エコライフ

地球温暖化の進行が、予想以上に速くて、ここに来て俄に世界的最重要課題となっている。 国連レベルでの環境会議、サミットなどでの提唱で、具体的方策が論じられている。 論じられてはいるが、大国のエゴが交錯し、国際的に意見が一致することは先ず無さそうな気配である。 思うに、もう今からの対策では、もし出来ても、全て、焼け石に水的な感じがする。 
私は、近い将来、ある程度の、相当に厳しい地球環境の混乱、混沌は避けられず、ある程度の人的、資源的損失は避けられないであろう、と思う。 人類が完全に破滅するまでには至らないであろうが、この相当に厳しい環境変化にも耐えられる、耐性を持った人種だけが、生存できることになるであろう。 
人類の歴史の第二幕の始まりとなるのではないだろうか。

この様なトラジディを可及的に避けるために、或いは先延ばしするために、今盛んに「エコライフ」の推奨話題が多い。 地球温暖化の元凶とされている、炭酸ガスの発生量を減少或いは無にせねばならない。 が、化石燃料をエネルギーとする今の文明社会では、これは至難である。 連日連夜、世界の空で、ジェット機はガソリンをまき散らす如くに燃焼して飛び周り、地上にあっては、世界中で無数に近い自動車がガソリンを燃やして炭酸ガスを発生している。 このガソリン依存文明社会の形態は、幾ら会議をし、対策を提案しても、一朝一夕に変わることは先ずない。 ジェット機が、宇宙ロケットのように水素エネルギーで飛び、全ての車が電気エネルギーで走るようになった日、その時、既に地球環境は破滅的状態になっていることであろう。

にもかかわらず、我が家では、平成13年から、出来るだけ炭酸ガスを出さないように、私的に、エコライフを続けてきている。 人間誰しも呼吸をする。 呼吸をすれば、炭酸ガスを出すことになるが、これは仕方ないから、呼吸は人並みにさせてもらっている。
平成13年から始まったのは、ソーラー発電である。 その実績を以下に御紹介したい。

京都の家(所在地:京都市左京区xxxxx)をリフォームする際、大屋根に京セラの「エコノルーフ」を45枚貼り付けた。 このエコノルーフはそれ自体、軽量な屋根材であり、同時に高性能のソーラーパネルである。 用いたパネルは、PV44RA(京セラシステム型式)で、最適条件下での出力は、3.0kWとされているが、実際には、この値は、日射強度、設置条件(方角など)及び気温などにより変動し、先ず晴天時でも、平均的には2.0 kWと考える方がよい。 

45枚のソーラーパネルにより発電された電力は、勿論自宅で使用するのだが、大抵の場合、余剰が出る。 その余剰電力は関西電力株式会社が時価で買い取ってくれる。 従って、例えば、何泊かの旅行に出て、家を留守にしたときには、その日が晴天であれば、パネルはせっせと発電し、売電し、稼いでくれていることになり、これは楽しい。 私は、出来る限り、月末又は月初めにパネルによる総発電量を記録している。 その記録である。

「ソーラーパネル設置日」    平成12年12月15日

平成12年12月15日より
平成13年12月15日までの 総発電量           2,970 kW

その後5年経過しての、平成17年2月28日より
           平成18年2月28日までの 総発電量 2,884 kW

平成18年1月1日より
平成19年12月31日までの 総発電量                            2,901 kW

これらの結果を見ると、設置7年後の現在も、パネルの発電機能は、殆ど劣化していないと見て良い。

ちなみに、平成20年5月26日(本日)現在の、総発電量は、7年有余を経過して、21,383 kW(in total)に達している。 
このうち、余剰電力としてこの7年有余の間に関西電力に「売電」した総電力量は、平成20年5月現在で、12,105 kWに達している。 従って、実に総発電量の57%は売電され、我が家で使用しているのは、総発電量の43%に過ぎない。
但しこれは昼間に於けるパターンであって、夜間はソーラーパネルは機能しないので、夜間は正常通り関西電力より電力を購入している。 が、昼間の売電量と夜間の買電量とは、相殺されることになるので、結果的に電力の使用量そのものは、少なくなっている。

前述したように、発電効率は、太陽の入射角度、気温(つまり季節)及びパネルの角度等によって左右される。 我が家のソーラーパネルは完全に南向きとなっている。

必ずしも例年同じパターンとは限らないが、その月別発電量の一例を下に示している。 ここで、6月+7月となっているのは、たまたま、6月30日の記録がないため2ヶ月分を纏めて示したものである。 概して、6月は梅雨時期であるため、日照時間が少なく、例年発電量は例年少なくなっている。

                            発電量(kW)
平成18年11月             211
             12月              157
平成19年  1月              198
        2月              221
               3月              274
        4月              294
               5月              306
               6月+7月        450
               8月              278
              9月              252
             10月             257
       11月             237
              12月             134

加えて参考のために平成19年の月別売電量(発電量ではない)を以下に示す。

平成19年月別 売電量
        売電メーター指示数(kW)    月別売電量(kW)
1月       9,832              91
2月       9,958                           126
3月       10,089                           131
4月              10,267                           178
5月              10,496                           229
6月              10,689                           193
7月              10,775                            86
8月              10,902                           127
9月              11,007                           105
10月            11,148                           141
11月            11,318                           170
12月            11,413                            95
                                              1,672 (in total)

これらの結果は、あくまでも我が家の例であって、決して全てに共通するものではない、とは思うが、しかし、現在のソーラー発電が、私的にもまた公的にも、地球温暖化の防止に対する、強力なツールであることは間違いない。 私論ではあるが、政府は首脳会議などで、徒に削減目標を提案するだけでなく、具体的にソーラーパネルの私的なそして公的な設置を推進するために、例えば、嘗て行われていた補助金を交付する制度を復活させるなどの施策を打ち出すべきである。

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2008.05.17

閻魔様

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閻魔様

入院したときは桜の開花時期だった。 あれから、花は咲き、花は散り、緑が萌え出で、新緑は深緑へと変わった行った。 一年のうちの絶好の季節である。 この間、じっと、病院内に拘束されていて、その季節の移ろいを今年は殆ど知ることもなく、時が流れてしまった。 しかし、自分ながら超真面目に(?!)医師の指令に従い、又、多くの皆さん方からの御支援のお陰で、退院できたことは、閻魔様との面接を覚悟していた身にとっては、筆舌に尽くせない歓びである。

ホスピタル 退院の夜に 湯浴みして 蛙の音にぞ 驚かされぬる 

退院の夜に久しぶりに我が家の湯船に浸かったとき、なんと既にして、近くの田圃から蛙の合唱が聞こえてきたのには、驚いてしまった。 今日、早速その水田を見に行ったら、去年と同様、二羽の鴨が水田を楽しそうに、ついばんでいた。 

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2008.05.06

黄金週間

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黄金週間

何時の頃からか「黄金週間」と言う言葉が出来上がってしまった。 私達の若い頃は、世の中、「月・月・火・水・木・金・金」で、「♪♪ 土曜日曜あるものか ♪♪」という歌までが流行していたし(私は、今でも歌える)、あの頃の世代の者にすると、黄金週間なんて、まるで、極楽の世界のように思える。

いずれにせよ日本の4月下旬から5月上旬に、必然的に具現してくる休日の連続は、時まさに花と新緑の時期でもあり、日本のヴァカンスである。  多くの人達は、この時をこそとばかり、或いは海外に或いは国内の観光地へと出掛ける。 多くの人達が一斉に出掛けるので、何処の観光地も、人・人・人でごった返し、例えば順番待ちが続き、宿泊費は特別料金とて普段より高く、高い経費の割には、満足すると言うところも少なく、却って疲れ果てて御帰還と言うことも少なくない。 極楽と地獄とは、どうも本当に近くにあるらしい。

んな黄金週間、ゴールデンウイークを、私は何故かしら、京大病院の入院患者として過ごすことになった。 何とも奇しき運命である。 しかしこれ又珍しい体験でもある。 幸いにして、一時の危篤状態からは脱して、短い距離ながら歩行が許可されるようになったので、その行動範囲内での事象ではあるが、「病院のゴールデンウイーク」について、記してみようと思う。

今年のゴールデンウイークは不連続で、どちらかというと、前半・後半に分れている。 その前半と後半の間の3日間、(4/30, 5/1, 5/2)は、いわゆる普通の日であるので、病院は開業し、医師も看護師さんたちも、日常通り患者と付き合う時間帯である。 が、入院患者の中で、ある程度安心できそうな患者は、一時帰宅という形で、帰らせる傾向が見られ、現実に空ベッドの数が増えていく。 個室やベッドに残っている患者は、本当に動けない人か、私のように、抗生物質の点滴を連日、午前中、夜と継続しなければならず、時間帯を拘束されている人達である。

医師や看護師さん達にとっても、それぞれに生活があり、家庭があるのだから、世間並みにファミリー単位でのゴールデンウイークを楽しみたいであろうに、取り扱っている対象が、ペットではなく生身の人間、それも下手をすれば死線に近い患者ともなると、ゴールデンウイークというものも、或いは、憂鬱であるかも知れない。 しかし現実には、確かに、人数は少ないようだけれども、ナースステーションには当番のナース達が居て、それぞれ機敏に動いてられる様子は、患者にとって心強いものである

ゴールデンウイーク中は、病院そのものは休日であるから、例えば、採血、レントゲン検査、などのルーチンな作業は完全に休止となる。 が、救急患者が搬送されてきた場合には、救急処置室で必要な検査が何時でも行える態勢はとられている。 決して「本日休診」ではない。 実際には、むしろゴールデンウイーク中こそ、救急患者の数は多いそうである。

見聞する限り、救急処置室の業務というもの、実に実に大変であり、ここにはゴールデンウイークなんて想念は全くない。 今日(5/3)も、私の主治医は、手術衣姿で、病院内を忙しく活歩されていたし、その間を縫って夕方には、私の心エコーの検査をしてくださった。 ナースセンター内の、それぞれ当番の看護師さん達も、人数が少ないだけに、それぞれ走り回るようにして、作業されている。 しかも患者達に対しては、いつも、「笑顔」と「朗声」なのが素晴らしく、それだけに御本人自身は心の中に、「忍」の一字の堅持を心がけてられることと推察できる。 なかなか出来ないことであろうに。

病院にも旧型タイプではあるが、それぞれ個人用にテレビが備えられている。 BS以外の好きなチャンネルを見ることが出来る。 NHKのニュースは、人殺しが多いので、私は嫌いである。 何故NHKは人殺し番組を、こんなにもしつこく、繰り返し報道するのだろう。 その部分が終わる頃から、ニュースを見ることが多い。 今のmediaは黄金週間の人出の生態を映し、その喧噪ぶりを報じている。
方、病院への見舞客というのは、黄金週間の期間内という方が、むしろ少ないように思える。 余程の事情がない限り、天気晴朗なれば、誰しも病院への見舞いよりは、風薫る新緑の道を訪ねて、薫風を胸一杯に吸い込むことのほうが、文字通り健康的で楽しいからである。 事実、連休中は一般の商店街と違って、病院内の、例えば食堂は、時間限定、メニュー限定で開店しているにすぎない。 ロビーはいつも清潔に整頓されているが、閑散としている。

入院患者の種類(?)も様々であるから、病院内では、いろいろと奇抜なことが起こる。概して私の入っている、循環器内科では、私も含めて「御老体」が多い。 御老体の中には、殆ど口を利かない人もあれば、喋りたくて仕方ない人もいる。 喋りたい人は、それだけ元気なのだから、いいことかも知れないが、控え室でならともかく、或いは廊下で、或いは他人のベッドの傍で、お喋りをする。 概して見舞客の無いとき、又はその見舞客が帰ったあとの時間帯に、お喋りが始まる。 大抵の患者にとっては、静養したいときであろうに、お喋りおばあさんが来て、何度も同じ話をしていく。 15分ぐらいならともかく、30分、小一時間ともなると、聞く方はすっかり疲れてしまうのである。 お喋りも程々がいい。

同じ病棟内だから、当然、同じ種類の患者さんが多い。 私の場合、両脚の静脈炎で、脚がパンパンに腫れあがり(水が溜まり)、ダルマさんのようになって、全く歩けなくなった。 当然医師は、大量の利尿剤の投与を施し、強制的(?)に排水に努めた。 また静脈炎の原因は細菌性であるとの判断から、これ又連日、多量の抗生物質の点滴が始まった。その処置のお陰で、現在では、脚の腫れはすっかり引き、両脚は、元の脚よりも、遙かにスリムになってしまった。 スリムというと聞こえはよいが、実際は、「骨皮筋右衛門」である。 ミイラに近いと言うべきか。 体重は大幅に減少し、とにかく、ヒョロヒョロの体型である。 病院には比較的立派な風呂場(シャワー室)が用意されているので、2日に一度は、入浴に行くが、同種の患者さんが多いので、この時の風呂場は、まるで「骸骨風呂」的で一種独特の雰囲気である。 それでも、シャワーを浴びたあとは、気持ちがいい。 何か冷たいものを飲んで、そのまま昼寝となることが多い。 

  この病院での消灯時間は、夜10時である。 夕食は午後6時であるから、その後、10時までの時間が長い。 見舞客の制限時間は午後7時だし、見たいテレビがないときは、10時までの時間をもてあまし、皆さん苦労されているようだ。 私の場合は、この時間帯に点滴があるのでベッドに拘束されることになる。 と言って、じっと黙して、点滴の一滴一滴の落ちるのを見つめているのも辛いことである。 
私は娘に頼んで、子供の頃から好きだった「落語」のCDを買ってきてもらい、落語を聴くことにしている。 とりわけ「文珍」さんの落語は面白い。 ベッドの中で、大笑いしている。 実際、笑いは、遺伝子を活性化し、ホルモンの分泌を促進し、免疫力を高めるなど、健康的であるとの学説があるのだから、病院内でも、この様な企画が出来ればよいことだろう、と思う。 

病院食、私の場合は、心臓病食になっているから、当然のことながら、味は淡い。 とてもグルメと言えるものではない。 朝食は午前8時に配膳されてくる。 一汁一菜と御飯、それにタンパク質の意味でか、200cc の牛乳パックが付いてきている。 一汁の中味は殆ど毎日、賽の目にした豆腐である。 これだけではなかなか食べにくいので、実際には、持ち込んできている卵で、卵御飯にしたり、串なんかと共に食べる。 牛乳は大抵の場合、後で飲むことにしている。 
厳重に決められている服用薬は、朝食後と書いてあるから、朝食は絶対に摂らねばならない。 朝食を摂り、薬を飲み、片づけが終わる頃、9時からの点滴が始まるので、ベッドに横臥すると、大抵は一時間ほど、寝込んでしまっている。

ここの昼食は概して、豪華(?)である。 ただ肉も魚も油脂気というものは全くない、と言っても過言ではない。 メニューには豆腐の一品が多い。 ただその質は,さすが京都だけあって、実にオイシイ。 加えてよく、卵豆腐も多いが、これは食べやすくて好い。
うに、病院食の重点は昼食におかれているようだ。 だから、頑張って、大抵は完食するように心懸けている。 今日、5月5日は、子供の日ということで、配膳に子供の日のカードと柏餅が付いてきていた。 これは美味しかった。

夕食は時折だが、”ええ?! これだけ?!”と、思うほどの献立である。 こんな時、つい持ち込みの副食を摂ったりするので、多分、カロリーオーバーになっていることだろう。 どちらにせよ、病が速く治ってくれれば佳いことだが。
食事について、他の患者さん達は、どうしているのだろうか

夕食が終わり、片づけが終わり、歯ビジネスが終わると、今日の献立は、こんなこんなと、家内にケイタイでメールする。これが定期便になっている。 絵文字なんかが付いたメールを送り、又、受け取ると楽しいものである。 他愛ないことだが、自分では、建設的なコミュニケーションだと、思っている。

5月6日、大型連休最終日である。 今日は朝から、抜けるような快晴、東向きの部屋では、早朝5時半頃から既に、まともに日が射し込んでくるので、いいような、悪いような。 連休も終わりに近づくと、一時帰宅していた人達が、帰ってくる。 「家はやっぱり好かった」が、家人の監視が厳しいので、結局はオトナシーク、していたと言う人。 一方、御婦人の方は、帰宅すると、どうしても動きすぎてしまうことが多く、却って、体調を損ねたと言う人、様々である。 一時帰宅というのも、案外難しいことが多いらしい。 

いよいよ明日から病院の業務再開である。 明日の病院は、さながら黄金週間の巷の様に大混雑することだろう。

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(写真は病室から見る京の夕焼け:これから長い夜が始まる 5/6)

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2008.05.03

花水木

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花水木

嘗てアメリカのプリンストン大学に、研究員として滞在していたとき、丁度今頃の時期だったか、構内に 片や紅 片や純白の一本の花水木が、輝くように咲いていた。 同僚のアメリカ人と歩きながら、私はその木の美しさを見て、「これは実に珍木だ」と、言ったら、アメリカ人の同僚は、「これは単なる接木だ」と、答えていた(彼等には紅白は寿と言う思念がないのだろう)。 勿論、この時の会話は英語だから、日本語的な「駄ジャレ」にもならないが、本当に珍しく、素晴らしい花水木の樹であった。

その老生、今、京大付属病院に再入院し、治療を受けている身であるが、一時の危篤状態を脱して、今は有難いことに歩行が許されるようにまで回復した。 ここの5階の廊下の窓から見ると、眼前に嘗て私が所属していた 旧医化学第一教室、今は分子生物学を含めた立派な研究棟が並んでいる。 この通りを「大学院研究棟通り」と言うのだそうだ。 この通りの東側に沿って、紅、白、ピンクの花水木が連立している。 多分、ここに滞在したアメリカ人による寄贈かと思うが、今年は、4月28日の午後、爽風、快晴の下に、妻と共に、これらの花水木を鑑賞に出掛けた。 勿論なお未だ、入院中の身であるから、闊歩する姿ではないが、それだけに、じっくりと鑑賞した花水木は、いずれも素晴らしく、この日、この我々のために、満を持して、待っていてくれたように、満開で、美しかった。

桜ではよく見られることだが、花水木の樹でも、太い幹から可憐な細い小さな小枝が伸び出して、、その先端に大きな白い花を付けているのを見ると、何かしら可憐で、「お前も独りでよく頑張っているなあ」と、応援したくなるものである。

それにしても、紅白の接ぎ木の花水木の満開、もう一度 見たいものである。

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