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2007.07.29

選挙

参議院選挙

今日は選挙の日である。 メディアが喧しい。 我々は早朝7時、投票所の開門と同時に、入場し投票してきた。 多くの人達が既に列をなしていて、和気藹々のうちに、投票し、朝の挨拶をしていた。 結果がどうなるかはともかく、こうして全く平和裡に選挙が出来るとは、日本は有難い国である。 投票に行くのに、国連軍の監視が必要な国が多いというのに。 

今度の選挙では、直ぐに政権が代わることはないので、先ず体制は現状が維持されるであろう。 今から、今年から、体制が改革されるというスケジュールが、選挙結果の如何によって、若干調整されることはあるかも知れない。 

その改革とは具体的には何を言うのか、何を改革するのか、私の意見は「憲法」である。とりわけ憲法9条である。 この条文ほど現実と矛盾しているものはない。 これでは、我が国に「嘘」「詭弁」というものが、堂々と存在しうると言うことを、世界に表明しているようなものである。 それを喜ぶのは、『他国』なのである。 その意図は明白であろう。

今度の選挙で、本当に残念であったのは、その憲法についての討論が無く、徒に「言葉狩り」「揚げ足取り」 誹謗と中傷という、後ろ向きな発言ばかりであったことである。 それがとりわけ参議院という、良識を旨とする議員の選挙であるだけに、私としては、情け無い思いである。 国連軍の監視下よりはましだけれど・・・。

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猛暑、酷暑、どっこいしょ

猛暑、酷暑、どっこいしょ

さる企業からのブリーフに、巻頭の言葉があって、これは傑作だと思った。
実際、この所、この言葉通りで、毎日は猛暑、酷暑の連続で、私どもは「どっこいしょ、どっこいしょ」と言いながら動作している。 漫画的ショットである。 

世界のニュースを聞けば、ヨーロッパ、とりわけ、ギリシャやルーマニアでは、酷暑を通り越して、48℃とかの激暑であるらしい。 嘗ては、ヨーロッパの夏は涼しくて、私どもも、日本の猛暑から逃げ出して、ヨーロッパの夏を旅行したものだったが、最近では、様相が一変したらしい。 これらは全て例の「地球温暖化」の所為と見なされている。 

地球温暖化は毎日確実に進行している、と見て間違いはなさそうだ。 この故に、良心的な人達は、地球の、世界の、人類の将来のためにと、真剣に温暖化防止対策を進め、国連レベルでの呼びかけをしている。 エコライフの推進である。

しかるに一方、日々のニュースの大半は、戦争、自爆、テロ、破壊のニュースである。 そこでは、野放図に、火炎、火災により炭酸ガスが発生させている。 全く、人類の、世界の、地球の将来について、ナント考えているのか、と思う。 あの連中には、人類の将来を考える心なんてないのだろうか。

そして、なによりも悲しいことには、 この様な刹那的、破壊的人種が、未来志向の良心的人種よりも、常に圧倒的に多いことである。 

来年、2008年は北京オリンピック、次のオリンピックは、東京になるかならないか?青森駅までの、世界最高速度の新幹線工事、などの近未来に関するニュースは、まだ確かに現実味があり、希望的であるが、2050年という未来の話などになると、(確かにその頃、私はもう存在してはいないのだけれど)、果たして、人類が、世界が、地球が、どうなっているのか、怪しいのではないのだろうか?!

ちなみに国連による、国際調査では、「 研究者たちが世界の6つの地域について調べたところ、温室効果ガスの排出量を大幅に削減しなければ、地球上に存在する全動植物種の4分の1が2050年までに絶滅するという 」 報告がなされていて、極めて悲観的である。  (この生物種の中には、当然の事ながら、人類も入っているのです!) 

 今回の論文の筆頭執筆者であるイギリスのリーズ大学のクリス・トーマス教授(保全生物学)は、自動車や工場から排出される温室効果ガスによって、地上の温度は1000万年前現存する生物種の大半がまだ出現していなかったころよりも高くなる可能性があると述べる。 研究者たちによると、地球温暖化がもたらす被害は、恐竜が6500万年前に地上から姿を消したときに匹敵する恐れがあるという。

 論文執筆者の1人、アリソン・キャメロン博士は「世界の大部分が不毛の土地になる可能性は十分ある。 少なくとも、生物の多様性は劇的に減少するだろう」と語る。 このトーマス教授らの論文は『ネイチャー』誌の1月8日号に掲載されている。

 生物は一般にかなりゆっくりとしたペースで進化するが、地球の気候変動は非常に急速なため、この変化に適応できない生物種も少なくなさそうだとキャメロン博士は言っている。

http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20040114303.html

オリンピックに最初があったように、そう遠くない未来に、オリンピックにも最後があるだろう。

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2007.07.26

偶感5 (サッカー)

偶感5 (サッカー)

アジアサッカー、対サウジアラビア戦を見た。 ハノイという暑い地での、熱い戦いであった。 選手達は実に善く戦った。 が、結果は3-2での惜敗であった。 先ずはそのこれまでの努力と、善戦に敬意を表したい。

が、私としては、一つ、声高に言いたいことがある。  試合が始まる前のセレモニーで、それぞれの選手達の国歌が歌われる。 その時、サウジの選手達は、誇らしげに朗々と国歌を斉唱していた。
 
だのになんと云うことか! 
日本の選手達は、国歌「君が代」に対して、黙っているか、唇が少し動いているのかな、と言う、実に情け無い連中の姿であった。 これを映していたカメラマンの人も、「なんだね、これは?」 と思っていたに違いない。 
私も、そう思ったし、実に情け無かった。

こんな選手達なら、サウジに負けても、或いは、当たり前なのでないか、と、今朝は情けない気持ちの朝である。

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2007.07.16

海の日

海の日

7月16日は、何故かしら、「海の日」である、とのことだ。 私みたいに、戦前生まれの老生にとっては、かっての海軍記念日が記念日である所以は、よく理解できているが、最近決められたという、この「海の日」が、何故今日なのか理解できない。

しかし、ともかく、今年の「海の日」は、台風4号の余波(!)のため、海でのレジャーには警告が出ている。 と、なんと云うことか、今日の午前10時13分、またしても新潟地方に、震度6強の大地震(新潟県中越沖地震)が発生し、津波警報が出された。 悲しいかな、今年の「海の日」は、「海の危険日」となってしまった。 

世界に冠たる地震国、日本では、既に相当以前から、「地震予知」に関する公的な研究会が設立されていて、よくメディアでも紹介されている。 事実、地震予知の研究に関しては、それなりに、相当莫大な研究費が毎年交付され、研究が継続されてきている、筈である。 
にも拘わらず、今まで、的確な地震予知が成された例しはない。 いつも聞く情報は地震後知である。 予知研究会そのものの、実体、詳細については知らない素人の、私であるが、感想としては、ナントも情け無い研究会だなぁ、と思う。 当の研究会の先生方は、この様な地震が起こったとき、どんな感想をお持ちなのだろう?!

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2007.07.12

雨に濡れてる木槿の花

Trees_in_the_rain

雨に濡れてる木槿の花

日本の梅雨も末期に近づくと、集中豪雨となることが多く、梅雨の情緒に富んだ雨降りという雰囲気は全く感じられない。 とりわけ今年は、祇園祭も近いというのに、思いがけず、大型で非常に強い台風4号が接近中ということもあって、梅雨の文学的情緒どころではなく、大雨による災害に備えるべしと、戦々恐々という雰囲気である。

事実、今日も間歇的に、「バケツをひっくり返したような」集中豪雨があり、これでは、とても外出も出来ない。 ウオーキングには出かけられない。 実際、河川の氾濫があり、山崩れの危険があると言われている状況では、家に滞留(?)しているより仕方ない。

この滞留を好機と捕らまえて、久しぶりに、読書を志したが、ナント云うことか、直ぐに睡魔に襲われて、ページが進まない。 この年齢になると、いわゆる「血沸き肉踊る」ような文章に遭遇することも少ないのである。 なんとも困った年齢である。 こんなのを、それこそ「しょうがない」というのだろう。 

こんな時は、だから、何でもいいから「創作」する事がいいと思う。 絵画でもいい、書でもいい、作文でもいい、料理でもいい、ともかく、受動的ではなく、自分から能動的に何かを「創作」してみることだ。

という理屈を付けて、私め、先日まだ小雨の時、歩いて撮ってきた写真をトレミングし、アップすることにした。 雨に濡れている木槿の花が、一瞬、何故かしら奥ゆかしく思えたのだった。

この木槿の花に寄せて、久しぶりに、どどいつを創作してみた。

Mukuge_in_the_rain 

雨に濡れてる 木槿の花に 相合い傘が 止まる道 (ほ) 
                                                                                                                   

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2007.07.04

碑文

碑文

「安らかに眠ってください。 過ちは 繰り返しませぬ から」


この碑文は、広島の平和記念公園にある原爆慰霊碑の碑文である。 当時、広島大学の雑賀忠義教授によって考案されたものである。
この後半の文章は、主語が誰であるのか、今となっては、永遠に謎である。
が、日本人のまともな感覚でこの文章を読めば、「繰り返しませぬ」と、誓っている人間は、日本人である、と言うことになる。

原爆で亡くなった人々の霊に対して、私達、日本人が戦争をし、原爆を落とされ、戦争に負けた。 こんな過ちはもう繰り返しませんと、誓っている、と読むのが真っ当なところであろう。 実に自虐的な文章である。

原爆は無差別大量殺戮を行う誠に非人道的爆弾である。 しかもまた、その放射線被曝による後遺障害で、長期間沢山の人々を苦しませ続ける。 毒ガスがジュネーブ協定とやらで、国際的に使用禁止とされているのであるならば、原爆こそが、国連の場で国際的に使用禁止されて当然である、筈である。 何故、国連はそれが出来ないのか?!

人類をいや地球を救うためにも、戦争での原爆使用は禁止すべきである。 唯一の被爆国である日本での原爆反対運動は、世界に向けて、これまで強力に進められてきたし、今後も進められていくことだろう。 

そうであるならば、その前に、あの碑文の後半の文章を、「繰り返させません から」と、正すことが先決ではなかろうか! 

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2007.07.03

胃カメラ

胃カメラ

胃カメラをのみながら、こう考えた。
「汝、この検査の結果で、胃ガンと診断されたとき、如何にするや?」
とるべき道は二つしかない。
一つは、胃ガンならば、早急に切除すること。
二つ目は、これも天命と思い、寿命のままに余生を生きること。

実際、76歳も近いこの年齢になって、なお手術を受け、それによって、胃ガンはなくなったとして、これから何歳まで生きるつもりなのか?! 生きて何をするというのか? 端的に言えば、ぼつぼつ死に頃ではないのか? 
少し、いや全く趣旨は違うが、吉田松陰の和歌が思い出される。

ますらおの 死ぬべき時に 死にもせで なお蒼天に なんと応えん  (松陰)

検査結果は、ワッファリンの所為で、胃壁は充血しているが、胃内部、十二指腸ともにガンは無いとのことであった。

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2007.07.01

文月朔日の しょうがない

しょうがない

またぞろ、久間防衛大臣の「しょうがない」発言を取りあげて、民主党を始めとする野党が大臣は辞職すべきだなどと、声高に非難している。 この頃の野党、とりわけ民主党などが、例えば今度の国会の冒頭に於いて、矢張り、厚生大臣の発言の揚げ足を取って、難癖をつけ、この時は審議拒否などしておきながら、国会が終盤に近づくと今度は、審議が尽くされていないなどと、またぞろ難癖をつけて、国会を混乱に陥れていた。 全く、「しょうがない」野党達である。 と、言うのが、私の今の感想である。 

嘗ての大東亜戦争の最中は、いわゆる非常事態であって、国が滅びるか、或いは日本国が地球上から消滅するか否かのキワドイ時期でもあった。 あの頃の人は皆、多くの身内や知人が死んでいく中で、やがては自分も戦争で死ぬかも知れないとの、覚悟をしていたものだった。 今から思えば全く異常な時期であったのだ。 
だから、あの時期の戦争状態の逐一を、社会情勢の逐一を、今のこの平和で、豊かで、人権が尊重されている、今のこの時期の感覚で批評し、非難し、弾劾することは、論理的に間違っているのではないか? 蓋し次元の違うところの話なのである。 それこそ「しょうがない」のである。 
と、言うのが私今の感想である。

 

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