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2007.04.29

昭和の日

Hinomaru

今日、4月29日は旧天長節であり、天皇誕生日であり、そして今年からの言葉では、「昭和の日」である。 不思議なことに、昔から天長節と明治節は、必ずお天気になる、との言い伝えがあった。 実際、今日は、まれにみる快晴、日本晴れになった。 この時期の日本晴れは、風が薫り、新緑の中からの小鳥の囀りも清々しく、実に気持ちがよい。 大自然の中で、万物が甦る、その息吹が感じられて嬉しいのだ。

「昭和の日」は、勿論 昭和天皇の時代を意識したものである。 実際、この時代ほど、我が国の歴史上、波瀾万丈であったことはない。 明治時代も波瀾万丈だったが、あの時代は、維新と共に、日露戦争にも勝ち、全てに於いて、建設的であった。 

一方、昭和時代の波瀾万丈は、大東亜戦争に敗れ、日本歴史上初めての「無条件降伏」を経験した。 日本という国が、全てに於いて破壊的になるかと思われたとき、その時、昭和天皇の言動が日本を救ったのであった。 日本を甦らせたのであった。 我々昭和一桁の人間は、その歴史を覚えている。 昭和天皇は、いずれ世界史に残る偉人として、記憶されていくことであろう。 その意味でも、「昭和の日」は有意義である。
   
 

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2007.04.22

区民ウオーク

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区民ウオーク

一雨ごとに新緑が鮮やかになるこの日、4月22日(日)、修学院地区の区民ウオークがあり、勇躍、参加してきた。 母校の修学院小学校に集合、集合した仲間は小学生とそのPTAが多い。 最長老はどうも私みたいだ。 

予報は昼から雨と言うことだったが、全員出発したのが午前9時20分、松ヶ崎の部落を通り、京都五大送り火の一つ、「妙」の丘に登る(写真上)。 此処に登ったのは初めてだった。 山上には網に囲まれて、廣い浄水槽の芝生が、広がっているのが清々しい。
懐かしい「桟敷が岳」が直ぐそこに見える。 

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転ずれば、眼下には運動公園があり、今日は日曜日と言うことで、それぞれに賑やかである。

此処より狐坂を通り宝ヶ池公園に出る。 終い桜と新緑とのコントラストが美しい。

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 ここから、矢張り同じ、京都五大送り火の一つ「法」の山上に抜ける。 その道の新緑は高に美しい(下の写真)。

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加えてこの「法」から見はらかす、京都の景色の広がりもまた素晴らしい。 遙かに見る高野川のカラシナの黄金色と糺の森の緑が印象的である下の写真)。

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山ツツジの美しい、しかし、鵯越のような急坂を下り、松ヶ崎大黒天に詣で、修学院小学校に帰ったのが、午前11時40分。 心地よい汗をかいての、12,000歩の新緑ウオークであった(下の写真)。

Kudari1  

この日、午後、激しい雨降りとなった。
  

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2007.04.14

雨上がる

雨 上がる

夜に雨が、それもかなり強い雨が降ったので、今朝は気が澄み、近くの山々の若い緑が一段と美しい。 この時期は、一日ごとに、山の新緑の様相が変わっていくので、それを見るのが楽しい。 今日は早速それをカメラに収めてきた。 

修学院離宮と音羽川上流の、この日の新緑である。 写真はいずれもクリックすれば拡大されます。

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(離宮の山を見る)

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(上の離宮 周辺)

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(音羽川上流を遡る)

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(音羽川上流の山肌)

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(曼殊院の前庭 桜の終わりとツツジの始まり)

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2007.04.13

淡墨桜

淡墨桜

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淡墨桜(うすずみさくら)

岐阜県の山峡、福井県の白山連峰が見える辺り、根尾の里に、有名な淡墨桜がある。 伝承では、この淡墨桜、樹齢実に、1550年余とか。 第26代継体天皇が若かりし頃、難を避けて 疎開されていた、この山峡の根尾谷から 、いよいよ都にお還りになるとき、住民との別れを惜しんで、お手植えになったと言われている。 その時の和歌が残されている。

身の代と 遺す桜は 薄住みよ 千代にその名を 栄盛へ(さかえ)止むる

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今の世に見るこの淡墨桜は、さすがに老木であるが、今年も健気にも全ての枝に花を着け、薄墨色の桜花を拡げていた。 幹周りは、9.9m近く、その老幹には多くの瘤が見られるし、多くの枝々は多くの支柱で支えられているのも痛々しい。 その健気な姿を見るだけで、自ずと応援したくなってくる。 

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実際これまでに、時には枯死寸前にまで衰えた、この名老桜を救うために、多くの人達が、あらゆる処置、手術、気配りを進めて見えたのであった。 その中でも有名なのが、昭和24年3月10日からの、接ぎ木ならぬ「根接ぎ」手術である。 施術後の淡墨桜は、吃驚するほど発育繁茂し、往年の盛観を思わせるようになったと言われている。

その後の技術の進歩により、平成元年から8年までの間にも、4回の延命手術が行われているとのことである。 

今年4月10日、私達は、この世界に冠たる淡墨桜の、その健気な満開を見ることが出来て幸せだった。 これまで40歳以降35年の間に、3回の心臓弁置換手術、延命手術を受けてきた我が身を思うとき、感懐の極まれるのを禁じ得なかったのである。 
  

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2007.04.07

つぎねふの

つぎねふの

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万葉集からの盗作になるかも知れないが、詠いたくなる今の京の風情である。

つぎねふの 京の都は 咲く花の 匂うが如く 今さかりなり

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(平安神宮近くの疎水畔)

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時は今 柳桜を こき混ぜて 都ぞ春の 錦なりける

Kamogawa

(鴨川畔 遠くに見えるのが糺の森です)

この日、京の街は花見の客で何処もイッパイ、車の渋滞も激しく、帰りのバスはなかなか来てくれない。 こんな時、鴨川畔のバス停で創った ザレ歌。

まだ来ない バスの遅れの なさけにて なお楽しめる 桜花かな

        呵々大笑

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2007.04.06

青岸渡寺

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那智 青岸渡寺

西国三十三ケ寺 第一番の札所 那智の 青岸渡寺に詣でる。 青岸渡寺は有難い。 と、ともに更に尚有難いのが、那智の大滝である。 この日(4月3日)、この地は快晴に恵まれ、桜花爛漫、大滝の瀑布は単に豪快と言うよりは、崇高でさえあった。 事実、この御瀧は神様でもあり、すなわち飛瀧神社である。 この神様の「延命御守」を戴いてきた。

那智の御瀧を拝するのは、これで3度目である。 今回は旅行会社の西国三十三ケ寺順拝ツアーに便乗したものである。 ツアーは日帰りで企画されているのは良いとしても、流石に乗車時間の長かったこと(!)、バス席だけで延べ12時間だから、結構ヨーロッパまでの飛行時間に匹敵するものだった。 
具体的には、京都から高速道に上がり、阪和道の有田付近まで走ったところから、一般国道に下り、198号線、113号線などを、例えば熊野古道、中辺路の里、例えば熊野川畔の桜並木を走って新宮市に入る経路だった。 元来からして、巡礼のバスツアーだからか、特に沿線の観光ガイドがあるわけでもなく、車内は 粛 としたものだった。
 

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目的地について、先に那智の大滝に赴く。 杉木立が深く、その中から、大きく、実に大きく見上げるばかりの大滝を拝する。 思わず、感嘆の声が挙がる。 実際、今日の瀧は水量が多くて豪快である。 300円を払うと更に瀧の近くまで行ける、と言われてすぐに決断する。 此処で見上げた瀧は、流石にまた、豪快だが、マイデジカメには入りきれなかったのが惜しまれる。 制限時間を気にして、150段の石段の登りを急いだのがいけなかった。

Taki1

いよいよ目的の地、青岸渡寺への路を上がる。 いわゆる500段の石段がある。 ここでも、制限時間が通達されているだけに、気が焦るが足は進まない。 息切れが激しい。 これは又、肺水腫の再来かと疑いながら上がる。 最終組となったが、なんとか那智大社、青岸渡寺にたどり着いて、真面目に般若心経を唱えることができた 西国巡礼では、いわゆる 先達さん は居ないのである。

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此処の舞台より見る那智の大滝の景(上掲)、写真を撮る人達、巡礼者と観光客、入り交じっての混雑状態であったが、何よりもこの日、思いもかけぬ快晴に恵まれた、有難い日であった。

さて、西国第2番 紀三井寺は如何したものか?!

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2007.04.04

心無罣礙

心無罣礙(しんむけいげ)

Hekiga

奈良の薬師寺は西の京にある。 京都からは、地下鉄と近鉄を乗り継いで、真っ直ぐにアクセスできる。 この寺は歴史的にも有名であるが、近年は、平山郁夫画伯による「シルクロード」の大壁画が圧巻である。 この日(3月28日)は、写経棟の前の淡墨桜が、ちょうど咲き揃っていて、思わず感嘆の声が出た(写真上)。

http://www.nara-yakushiji.com/index.html

実は、この寺に、何時の頃からか、写経に出掛けるようになった。 これまでに9巻納めている。 普段の生活では、筆と墨を使うことは滅多にないが、この薬師寺の写経棟に入り、静寂の中、墨を擦り始めると、自ずと心にある種の緊張と敬虔な気持ちが広がってくるから不思議だ。 写経棟の中には、時に数人、時に十数人の人達が、 それぞれに静かに写経を進めている。 広い部屋の気は常に静寂である。 

Syakyou1

写経に入る前に、一度、般若心経全文を黙読する。 「摩訶般若波羅蜜多心経」
写経を始める。 時々文章を吟味しながら、写経を進める。 般若心経276文字の中で私の好きな語は、「心無罣礙 無罣礙」である。 この語を見ると何故かしら安心するのだ。 全文を写経し上げるのに、小半時間もかかったか。 写経し終わり、祈願を書く。 今年は、世界安寧、家内安全と記した。

合掌しながら、再び、全文を黙読する。 心が鎮まる。 この時、何故かしら、「有難い」と言う気持が沸いてくる。 実際、今日現在、こうして今此処に存在させていただいている事実は、思えば、森羅万象すべてのお蔭であるのであって、誠に有難いの一語に尽きることである。

この日、久しぶりに奈良の東大寺を訪ね、鹿たちと遊び、大仏さんに挨拶してきたのだった。 若草山を背景にして、芝生で遊ぶ鹿たち、その鹿たちと遊ぶ老若男女、ほのぼのとしたいい風景であった。

Daibutsuden

Wakakusayama1

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