« February 2007 | Main | April 2007 »

2007.03.25

夢というものは不思議なものである。 有難いものである。 昔のテープが、グシャグシャになってしまって、亡くなった母の声が再生出来なくなってしまったのだが、夢の中では、母は昔の声で語ってくれる。 目覚めると、その夢のストーリーは忘れても、懐かしい母の声だけは、胸の中に残るのだ。 
昔の卒業生が、昔のままの姿で、現れてくることもあれば、何と、立派に社会の第一線で活躍してくる姿で、現れてくることもある。 夢は不思議である。

私が大学二回生の時、先輩に勧められて、教養科目として、心理学を履修した。 その時の心理学の教科書では、夢は通常、白黒であって、カラーの夢を見る者は、頭が可怪しいのだ、と記されていた。 当該の教授は、教室の学生に向かって、「カラーの夢を見る人、または見た人は居るか?」と、尋ねたところ、学生の一人が、彼は立派に健常な学生だったが、「はい」と答えた。 彼が言うのには、戦時中、B29の夜間空襲があったとき、空を見上げていたら、高射砲の直撃を受けたB29の一機が、花火のように弾けたのが、凄く美しく、あの情景は今でも、カラーの夢として鮮明に出てくることがあります、と言うことであった。 

その気になって、私も夢の色を考察したところ、私も自分では、健常と思っているのだが、確かにカラーの夢がある事を発見した。 それまでもあったのかも知れないが、何となく、夢は白黒と思っていたのだろう。 この辺りを少し真面目に観察したところ、どうも、誰しもカラー映画を皆が見るようになってからは、そしてテレビがカラーになってからは、夢にも色が着き始めたように思う。 水墨画や、映画やテレビが白黒の世代では、夢もまた、白黒が多かったのだろう。
そして実際、今の心理学は、「カラーの夢を見る人は頭が可怪しい」とは言っていない。

今夜、貴方も、夢の色を観察されませんか?
                                                                        

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.03.20

武田薬草園

Takedagarden_1 

武田薬草園

洛北修学院の山麓に武田薬草園がある。 薬草は勿論、最近話題の多い有用植物、四季の花々、花樹などなど、今は園内に 2,300種近くの品種が揃えられている。 今の時期、その椿園が美しいので見学会が行われた。

Tsubaki11

(クリックして見てください)

 
この椿園には、577種の椿が植えられていて、それぞれに麗しい名前が付けられている。 最初は覚えるつもりだったが、矢張り無理だった。 牡丹の花かと思うほどの大輪がある(写真上)。 それが又、妖艶そのものであるのだ。

Red

Redwhite

Shimofuri

 
葉の下に隠れている小さな、しかし、珍しい花がある。 赤、白、ピンク、霜ふり模様、色彩も様々で、見飽きることはない。 
園内の道を歩むと、既に山ツツジが咲き、座禅草が顔を覗かせていた。 みつまたの花も満開であった(写真下)。

Mitsumata

この辺り、私が小学生の頃、ウサギ狩りをした葉山の山である。 あの頃松茸も生える山だった。 高校生の頃には、赤尾の「豆タン」(単語帳)を持って、この小山をよく散歩したものだった。 あの頃から山上には、亭があったが、これは今も残されている。 そこからの展望、北山連峰は、変わらず、今も美しい。 

Topview   

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.03.18

パリンドローム

パリンドローム

今日、彼岸の入りの朝、洛北修学院は、雪であった。 これには驚いた。 今年は二月如月と三月弥生とが、逆転している。 人間も驚いたが、草花、樹木達も驚いていることだろう。

 
今朝パソコンを開けて、拙ココログ「大凡人」を覗いてみたら、アクセス数が 27072 となっていた。 前から読んでも後ろから読んでも、同じ 27072 である。 

こんなのをパリンドローム(回文)と言うのだ。 パリンドロームは実は、我々生物の遺伝子DNAの塩基配列の中に、屡々見いだされる構造でこの配列は、ある種の制限酵素の作用点として、重要な配列なのである。
これはこれで結構面白い分野なのだが、今は、先ず、野暮な話は、置いておく事にして、素晴らしいパリンドロームを御紹介いたしましょう。 

それは、私の還暦の年、卒業生の一人、朝川 清 氏が、私のために創作し、色紙に書いて贈ってくれた まさに 回文のポエムであります。
 
 
祝 落合先生還暦

よき連華(れんか) 舞い来し 言うや 積みし年   満つや 初い志気 今 還暦よ

彼は又、ローマ字のみによる パリンドローム俳句を贈ってきて、研究室の我々を驚かせた。

  秋の葉に     色にも実り     稲穂に香
AKI NO HANI IRONIMO MINORI INAHO NI KA

素晴らしいヒラメキのある、多才多能な卒業生であったが、私より先に逝ってしまったのだった。    合掌。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.03.14

最敬礼

Asebi1_1 

(写真は、この日、宝ヶ池畔にて撮影した馬酔木です。 クリックして拡大して見てください)

最敬礼

最近、最敬礼を見ることが多い。 あまりにも多い。 政界、経済界、学界、大学、病院、更に又スポーツ界、それぞれの「長」たる人々の最敬礼の姿を、毎日のようにテレビで見る。 当初に較べると、それぞれに、最敬礼の仕方が上手くなった。 
また、その度ごとに言われる台詞は、「この原因を究明して、今後この様なことが二度と起こらないように、努力していきたい」  ということで、すっかりこちらも、その台詞を覚えてしまった。

可笑しくも悲しい現実である。

最敬礼は 今日のが上手 

  練習してきて いるみたい

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.03.10

サンシュユ

Sansyuyu3_1 

サンシュユ

3月10日、旧陸軍記念日であり、東京大空襲の日でもある。 氏神の鷺森神社に詣で、祈念碑(忠魂碑)に感謝の敬礼をした。 今の世、こんな事をするのは、昭和一桁生まれの私だけかも知れない。
今年は暖冬であったせいか、曼殊院近くの「サンシュユ」の花も開き始めた。 森林浴ウオークをし、例によって、吟詩をしたら、うっすらと汗をかいてしまった。 しかし又、明日から寒くなるとのことだ。

昨日のNHKニュースは、東京大空襲で、幸いにして生きのこれた被災者の人達が、「国は軍人・軍属の戦死者、戦病死者には、恩給など手厚い保護しているが、大空襲の被災者には保護がない。 この事を国は謝罪し、損害賠償を求める」として、東京地裁に12億円の集団訴訟を起こしたことを、報じていた。 原告一人当たりの請求額は1100万円であるとのことだ。

アメリカによる東京大空襲は、実際 非道いものだった。 だからといって、大空襲の損害賠償をアメリカに求めるのではなく、母国日本に対して求めているのである。 我々国民の税金の中から、賠償せよと云うことらしい。
なんという、この浅ましくも情けない心、これが同じ日本人かと思うと、こちらまで、情けなくて、悲しくて、昨晩は眠れなかったほどだった。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

2007.03.03

城南宮

Kouhaku

(写真はクリックすると拡大されます)

城南宮の梅

テレビで紹介されていた城南宮に行って来た。 京都に長い間住んでいるのに、城南宮訪問は初めてである。 昔この辺りから南に廣く、巨椋池が広がっていたとの、微かな記憶がある。 
しかし平安末期には、この地に「城南離宮」が造営されており、例えば、熊野詣での出発点でもあったらしい。 今の時期、この城南宮の神苑は、紅白のしだれ梅が満開で、この日(3月2日)大勢の年輩組で賑わっていた。

Torii1_1

先ず本殿に御挨拶をする。 此処の祭神は、大国主命と私の好きな神功皇后である。 神紋も神功皇后の旗印の「三光」で、日、月、星の紋が組み合わされている。 珍しい紋で鳥居の真ん中に輝いている。 
やがて皐月の頃になると、山谷で三光鳥が「ツキ・ヒ・ホシ ホイホイホイ」と、囀るようになる。 三光鳥の囀りは美しいが、その姿も一度見たら忘れられないほど美しい。

Zenkei1

城南宮神苑のしだれ梅の梅林も、一度見たら忘れられない美しさで、思わず、歓声が上がるほどだ。

Jyounantourou1

Shidarekoubai1

その紅梅はそれぞれにその艶を競い、その白梅はそれぞれにその香りの高貴さを競う。

Jounankoubai1
Haku1rin  

神苑内は周回路になっていて、曲水の宴の庭を巡り、次いで道を挟んでの城南離宮の庭へと通じている。

Sekitei  

この道すがら、素晴らしい椿の一輪を見つけた。

Tsubaki1  

弥生三月、日本は美しい時節である。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.03.01

耐性

Taisei2_1

耐性

21世紀の地球、人類社会が危機的状況に向かっている事は、誰しもが感じていることであろう。 世界的規模での人口の爆発的増加、それに伴う食糧の不足、また、エネルギー資源の枯渇、地球環境の温暖化に伴う異常気象、加えて文明の衝突とかでの馬鹿な戦争、およそ希望的、建設的なものは見いだされない。 何かしらの人類的悲劇が、悲しいかな、そう遠くない将来に具現するであろうと思われる。 では我々、良心的小市民は、如何にすべきなのか? 

1.食料に関する思惑

最近我が国で、使用期限が過ぎた材料を使って菓子製品を売りに出した、或いは賞味期限が過ぎた製品を売っていたとかで、その企業が営業停止になり、製品はすべて破棄された。 現在の日本の法律上では、確かに違反していたのだから、仕方ないとしても、何とも無駄なことである。 大体、昔は、消費期限も、賞味期限もなかったし、かの戦後、食糧不足の時期は、我々は口に入るものは、何でも食べていた。 確かに、それによって、腹をこわしたこともあったが、それよりも、先ず生き延びることが第一であった。 あの生き延びる苦難を体験してきた者にとっては、賞味期限ぬんぬんによる食料の破棄ほど馬鹿げた行いはない、と思う。 
まだ充分に食べることの出来る食品を、破棄することは神様に対しても申し訳ないと、思わないのだろうか?! この意味でも、そう遠くない将来に、神様は必ずや、人類に罰を与えたもう事になるような気がする、のは私だけだろうか。

大体、人間は、その発生の歴史からしても、いろいろな食物を口にし、生き延びてきた。 その中には、毒物もあったであろうし、腐敗物もあったであろうし、渋みや苦みでしかめっ面しながら食べた食品もあったことだろう。 それらの経験を通して、人類は結果的にいろいろな食料を発見したのであった。 加えて、より大事なことは、これらの体験を通して、人類はあらゆる食品に対する肉体的「耐性」という形質を確保したのであった。 およそ耐性は経験しないことには獲得できない性質のものである。 有り難いことに神様は、人間に耐性を備える機能を授けて下さっているのである。 今必要なことは、賞味期限の切れた食品と云えども、どんどんトライして、自己の肉体に「耐性」を備える訓練をすることである。 純粋無垢の食品のみを食べていては、およそ人間は耐性を備えた健康体にはなり得ないのである。

同じことが、遺伝子導入食品に対しても言える。 グローバルに気候は不順化し、農耕地は減少し、近未来には確実にやってくる絶対的食糧不足の危惧。 これを、少しでも緩和するべく、例えば耐虫害性の遺伝子を備えた栽培品種が、また多収量が確実な品種が開発されている。 のに、アレルギー性があるかも知れないとか、ノーテンキな議論をふっかけて反対している「文化人」がいる。 この人達は、食料が無くなったとき、アレルギーを心配して、餓死するつもりなのだろうか?! そんな勇気は持ち合わせておるまい。 遺伝子導入食品も、既にどんどんとトライするべき時期に来ているのである。 トライすることによって、始めて人類は遺伝子導入食品に対する「耐性」も備えられるのである。 体験を通じて始めて人間は、耐性を備えることが出来るという真理は、この場合でも当てはまるのである。 今、大事なことは、さらにより効果的な遺伝子導入栽培品種を開発し、これら新規な遺伝子導入食品を食し、あらゆる耐性を身につけておくことである。

2.エネルギーに対する思惑

食料と同様に世界のエネルギー資源も、そう遠くない近未来に枯渇することは、確実である。 公害の元凶、石油・石炭に替わるエネルギー資源を開発せねばならない。 今、現実に具体化されている新エネルギーは、原子力である。 確かに原子力発電は、偉力である。 が、それに伴って生ずる放射性廃棄物の処理の方策については、今なお未解決のままである。 現実にはこの重大問題を未解決のまま、原子力発電所の数は世界的規模で増え、世界中で、稼働されているのである。 原子力発電では、地球温暖化の元凶である炭酸ガスが発生しないから、クリーンエネルギーであると云っているお目出度い御仁さえいる。 馬鹿にもほどがある。 大体、今後、老朽化していく原子力発電所、この膨大な放射線源の固まりの廃棄処分はどうするつもりなのか?! 
現在、原子力発電所の稼働によって、地球表面に於ける放射性廃棄物の量は、日々確実に増加している。 これを確実に、無毒化する方策がないまま、目先の利益をのみ追いかけている。 地中に埋めるとか、深海に抛棄するとか、云われているが、例えば、遙か彼方 宇宙の果てにでも破棄しない限り、地球上の放射能濃度の上昇を避けることは出来ない。 人類は、今までにない潜在的放射能を浴びながら生活していかなければなるまい。

勿論我々は、そして地球上の生物はすべて、その生命発生当初から、或いは宇宙線、或いは地殻からの自然放射線の被爆を受けつつ進化してきた。 換言すれば自然放射線を被曝することによって、生物進化が導かれたと、言えるのかも知れない。 事実放射線によって、生物の遺伝子DNAは、損傷されるけれども、生物はその損傷を修復する機能を備えている。 この耐性機能を備えた生物のみが、進化した生物として、地球上に生き長らえることが出来たのであろう。
 

日本の山陰、鳥取県にある三朝温泉は、誰しも御存知であろう。 此処は、ラジウム温泉として有名な湯治場である。 ラジウムは放射性同位元素である。 事実、此処の温泉水は放射能を持っている。 温泉水1リットルあたり、実に62,000ピコキュリーの放射能を持っているのである。 しかしこの三朝温泉こそは、古来、霊験あらたかな温泉として有名であった。 また、三朝温泉町に住む人達は、毎日この温泉、ラジウム温泉を享受されているし、この温泉の御利益に与りたい人達は、今も、バスツアーを組んで遠路はるばる出掛けて見えるのである。 事実嘗て、この地には岡山大学医学部付属の温泉療養所が置かれていたこともあるのである。 ラジウムの放射線を浴びても、そしてそれによって、例え自身のDNAに傷が入ったとしても、我々はそれを修復することが出来る。 むしろそのことによって、肉体はより活性化され、健康的になるのかも知れない。 まだの方には是非、三朝温泉を体験されることをお薦めしたい、と思う。

話を元に戻そう。 上述のように、我々人間は既に、放射能に対する幾ばくかの耐性を保持しているのである。 今後、この地球上に於いて、必然的に増加して行くであろう放射能に対しては、食料の場合と同様に、矢張りより強い耐性を、自身に確保するように努力しなければなるまい、と思う。 これを確保できた人達だけが、地球上で生き残れることが出来るであろう。

それにしても、原子力発電は基本的に必要悪である。 出来得れば無くした方がよい事は真実である。
それに対しては又、原子力発電に替わるエネルギー資源を考えなければならない。 此処で登場するのが、太陽をはじめとする自然エネルギーである。 
太陽光発電は有効である。 我が家では、5年前から、小規模ながらソーラーパネルを取り付けて(パネル数44枚)、太陽光発電を進めてきている。 今日、2月28日現在、全発電量は、実に、17,745KWに達し、その内、関西電力に売電した分は、これ又、10,013KWに達している。

 

現在はエコロジーの立場からも、ソーラー発電が話題になっている。 事実、5年前に較べたら、ソーラーパネルの発電効率も大幅に向上しているのであるから、政府は国策として、例えば、全官公庁、小学校、中学校、高等学校、大学、研究所などの建造物には、可能な限りソーラーパネルの設置を義務づけるようにすべきだと思う。 このような方面への補助金は惜しむべきではないであろう。
同様に、風力発電も新エネルギーとして興味深い。 ただ、台風の通り道である我が国での実用化が、如何に進渉していくのか、注視していく必要がある。
このような自然エネルギーの開発は、今後も探求され続けねばならない。 
が、究極的な目標、或いは手段は、原子力でもなく、太陽でも風力でもなく、「水素」である、と思う。

 地球上には無尽蔵に存在している、水より水素を取り出し、これを燃料として燃焼し、又、水に還す。 この水素エネルギーは、例えば宇宙ロケットを飛び上がらせるほど、強力であり、又、燃焼しても無公害な水分子に還るだけである。 この水素エネルギーの開発。 この問題が実現すれば、エネルギー資源枯渇の問題は、そしてエコロジーの課題も一挙に解決されるはずである。 この問題の具体的解決、開発こそが、未来に向けての我々人類を救う手段となるであろう。
私は21世紀中には、この方策が解決され、具体化されると期待している。 人類が生存し続けるためには、具体化されねばならない、と思う。

     

| | Comments (0) | TrackBack (2)

« February 2007 | Main | April 2007 »