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2006.10.28

これ昔 紅顔の美少年

これ昔 紅顔の美少年

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舞った新庄 涙の新庄 Shinjoyfulな テレビかな

感動的なフィナーレで幕を下ろした日本シリーズ、新庄剛志の、とめどない感動の涙が、見ている日本中の観客の涙を誘った。 素晴らしいフィナーレであった。

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次の日、秋晴れの青空に誘われて、京都植物園に出かけた。 紅葉には早いが、ここの雰囲気は何時来てみても好い。 昔、植物園に遠足に来たことがあった。 いよいよ弁当を食べるときになって、箸が折れたと言って、花の小枝をとって、箸にしていた友がいた。 あの友は今、どこで、どうしているのだろう。 あの頃は 皆、紅顔の美少年であった。    今は、こんな顔だ。 呵々大笑。

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帰途、鴨川に沿って、歩いた。 水辺の鳥たちもpeacefulであった。

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(写真はいずれもクリックすれば拡大されます)

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2006.10.21

70年めの鱒

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70年

昔、そう70年も昔、だからまだ私が幼少の頃、父に連れられてファミリーで、京都から滋賀の醒ヶ井に出かけたことがある。 醒ヶ井には鱒の養殖を研究している施設があるというので、出かけたのであった。 子供の足にとっては、相当キツイというか、遠い道のりであったような記憶がある。 ただ道路側の川の水がキレイで、その中に大きな鱒が、悠々と泳いでいたのが、鮮明な記憶として残っている。

その思い出の道を、70年ぶりに歩くことにした。 醒ヶ井養鱒場は、今もその地のシンボル的存在として、稼働しているのである。

京都から米原まで新快速で行き、すぐに豊橋行きの快速に乗り換える。 醒ヶ井は米原の次の駅である。 昔の松江駅のように小さな駅で、改札のボランティアのおじいさんが、親切に道順を教えてくださる。 その教えてもらった案内図を持って、いよいよ目的地に向かって歩く。

昔の記憶とは違って、道は広く、舗装されていて車の通行も少なくない。 川幅も広い。南の山に向かって歩き、川幅が狭くなってきた頃、「イボトリの水」の休憩所がある。
トイレも完璧に整備されていて、駐車場も広い。 

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この先を右に折れると、いよいよ醒ヶ井渓谷に入っていく(上)。 緑の道である。 水が清く、この時期でも、梅花藻の花が咲いている(下)。 この道は滅多に車も走らない。 緩やかな川の流れを眺めていたら、なんと、清流の中に、一匹の鱒が悠々と泳いでいるのを発見した。 70年前の姿を見たようで、思わず感激の声が出る。 写真を撮る(前掲)。 シューベルトの「ます」 ”Die Forelle” の曲が思い出される。

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(上の写真は清流の中の梅花藻です)

辺りは静寂で、川辺を真っ青な「カワセミ」が飛び交っている。 森と川の道を抜けると、そこに醒ヶ井養鱒場があった。 昔の記憶と違って、今は、広く美しく整備されている。

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広場には、この日、小学校の遠足の生徒たちがいて、賑やかだった。 我々も、持参した三角おにぎりを口にする。 これがまた何とも、美味いのだ。 

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場内は結構広くいろいろな施設がある。 今では、キャビアを採るための、チョウザメも養殖されているとの事であった。 が、なんと言っても、先に川で見つけた鱒の2倍、3倍、5倍の大きさの鱒たちが、池の中を群れとなって、回遊している姿はまさに雄大である。 こちらまでが意気揚々としてくる。

この日、空な青く、気は澄み、素晴らしい懐古の旅であった。 昔と同じく、帰りもまた歩いた。 18,000歩のウオークであった。 この日は彦根のプリンスホテルに泊まった。 ホテルからの、比良山系に沈み行く夕焼けが、殊の外、美しく印象的であった。

Sunset11  

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2006.10.12

雨上がる

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(音羽川上流にて。 写真はクリックすると拡大されます)

この所、世の中が騒がしい。 例のならず者国家と言われる「北朝鮮」さんによる核実験事件である。 爆発はあったらしいが、核であったかどうか、疑わしいとの意見もある。 核実験のつもりだったが、失敗したのでないかという意見もあって、我々にはよく解らない。 いずれにしろ、あの国の言うことは、何かと「嘘」が多いので、世界中が困惑している。 このならず者国家のために、国連レベルで、費やされるエネルギーは、誠に莫大である。 

このような喧噪を離れて、雨上がりの道を歩いてきた。 雨霧の流れが美しくて、追いかけるようにして、その雰囲気を撮りに走ったが、なかなか難しいものである。 じっと待っていても雲は動かない。 かと思うと、瞬間的に、その様子が変貌する。 

しかし、秋霖が止み、雨霧がほのかに天に向かって昇っていく姿は、美しい動きである。
私の好きな雰囲気である。

Otobagaway
                        

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2006.10.10

双十節

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今日、10月10日は双十節である。 今日の空も透き通るような青空で大快晴である。 双十節は、中国とりわけ台湾では、記念日らしいが、我々日本人にとっては、昭和39年(1964年)の今日、アジアでは始めてのオリンピックが、東京で開催された記念すべき日である。 あの日も、大快晴であった。 

そして、このとき、始めて衛星中継で、オリンピックの開会式の感動が、そして競技の模様が、世界45カ国にテレビ放送されたのであった。 ちなみにこのオリンピック東京大会で、日章旗、日の丸が翻った、メダル獲得数は、あの感激的な女子バレーを含めて、金が16個で、米ソ両大国に次いで、3番目であった。

とにかく、あのオリンピック以後、日本は自信を持って、復興、発展を遂げることになった。 その記念すべき日なのである。

今朝も青空の下、あの頃のことを偲びつつ歩いてきた。 キンモクセイの香りがほのかに、ゆかしく、楓の先端には紅葉が始まっていた。

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2006.10.06

コスモス

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コスモス

秋霖が続いたさなか、晴れ間が出たので、いつもの道を歩いてきた。 しばらくご無沙汰している間に、いつもの道は、いつもの道でなくなっていた。 コスモスの乱れ咲きが、美しくも妖しかった。 デジカメを撮り自分なりに、モネ調にまとめてみた(写真)。

なんとこのとき、コスモスの花群落の上を、一群の燕たちが嬉々として飛び回っていた。 これには驚いた。 
越冬燕たちであろうか?  それとも、迷走燕たちであろうか?
 
今夜は中秋の名月の日、10月6日である。 のに、昼間は、まだ長袖では暑すぎるほどだ。 燕たちも、地球温暖化を察知して、徒にエネルギーを消費することは避け、多分、京都での越冬を決めたのではないだろうか、と思った。

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2006.10.05

秋の月

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秋の月

月々に月見る月は多けれど 月見る月はこの月の月

と言う、有名な句がある。
秋の月である。 名月と言われる。 名月は、しかし、一点の雲もない煌々としたものよりも、多少の雲との競演の方がいい。 

雲に隠れてまた出た月が 明るすぎるという女 (ほ)

と言う、都々逸を創作して、投稿したことがある。
たしか、佳作には選ばれたとの思い出がある。

歌でも都々逸でも創作するとき、自分の周りの想いや雰囲気を詠んでいくことが多い。
しかし、それを読む人は、必ずしも作者の思いをそのまま理解することは、むしろ少ないであろう。 人には、それぞれの人の、思い出があり、それを連想することになるからである。 それでよいのだ。

私の都々逸で皆さんは、どんな情景を連想されるのであろうか? 

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2006.10.01

神無月

神無月

神無月の朔日である。 神無月には、全国の神様はみな、出雲大社での大会に出かけられるので、地元の神社は、お留守の筈である。 が、今朝は朔日と言うこともあって、そのお留守の社にお参りに行って来た。

昨日まではなかったのに、今朝の道では、ほのかにキンモクセイの香りが漂ってきて、思わず感激してしまった。 その木を発見すると、走るように傍によって行って、花に鼻を近づける。 皆がする面白い光景である。

空の雲が美しかった。

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