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2006.06.23

バルトの楽園

Beethoven9

バルトの楽園

私は単純な人間だと、自分でも思う。 が、今日観てきた映画、「バルトの楽園」は、素晴らしく、感激し、またまた感泣してしまった。 
フィナーレのBeethoven、「第九」の合唱では、画面の人達と一緒になって、歌っていた。
 
四国徳島、阿波の国の人達は、昔からお遍路さん達に対して、心優しかったのだろうが、始めて見るドイツ人捕虜に対しても、同じように心優しかった。 最初は不安と疑心から、心を固く閉ざしていた、ドイツ兵の捕虜達。 その捕虜達と、地元民との融和を進めるべく寛容な施策を、私費を投じてまでも、積極的に進め、貫いた松江所長の業績は、今ならノーベル平和賞ものだろう。

祖国が破れ皇帝が退位と知って、自決を謀ったドイツの将軍に対して、「貴殿は捕虜達全員の心の支えであり、誇りなのだから、生きて欲しい」と懇願する松江所長のドイツ語が美しく、心を打った。 
第2次大戦後の山下奉文将軍の、モンテンルパでの刑死、捕虜全員をシベリヤの極寒地に送り込み、強制労働させた国、これらを思うとき、我々日本人は彼等とは、人間の出来が違うのだと、誇りさえ感じた。

そしてフィナーレ、ドイツ兵達による、苦悩を突き抜けての「歓喜」の演奏と合唱。 極東での最初の演奏であり、合唱だった。

Freude!  Alle Menschen werden Bruder!     (歓喜!   すべての人は皆、兄弟となる!)

文字通りの Alle Menschen werden Bruder! の感動の姿がそこにあった。

 

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2006.06.17

スローライフ

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(写真は何れも篠崎和男氏が万博公園にて撮影されたものです)

スローライフ

定年後10年、年金生活、妻との二人暮らし、となると生活はスローライフでよい。 健康維持のために、それなりに、妻は水泳、私はもっぱら歩くことが多い。 嘗てはウオーキング協会に入って、全国各地でのウオークイベントに参加し、完歩賞などもらって、独り喜んでいたこともあった。 が、75才も近くなって、歩く速度もその時の体調に合わせて、基本はスローウオークとする事にした。

私の歩きは山に向かうことが多い。 高山をトレックするのではなく、低い山の道を逍遙するのだ。 森林浴が出来る。 フィトンチップを呼吸することが出来る。 野鳥の囀りがよい。 思わず、野の花の美しさに足が止まる。 今の時期なら、渓流に河鹿の涼やかな鳴き声を聞くことも多い。 それに低山と言っても、下界よりは高いのだから、突然視界が開けて、天下を睥睨できることもある。 こんな時のウオークは、スローウオークに限る。

同じくスローウオークしている人達に出会うことも多い。 お互いに、軽やかに挨拶を交わす。 これがまた佳い。 しかし、中には、耳栓をして、ラジオを聞いているのか、音楽を聴いているのか、周囲に無関心の人もある。 折角、鳥が囀り、花が咲いているのに、誠に勿体ないことだと思う。

若いときと違って、今時は、登りも降りも歩幅を小さくしている。 これは万歩計の数値を稼ぐためではない。 転倒防止のためである。 人生でのウオークに、転倒しないように、これからも歩幅を小さくし、スローライフで行きたい(生きたい)と思う。 

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2006.06.06

130億年

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(写真はNewton6月号から)

130億年

今月号の科学雑誌 Newton には、130億年前の宇宙の姿が特集されている。 およそ宇宙は広大であり、無窮である。 地球の誕生が46億年前だとしても、その遙かに遠い過去、130億年前には、宇宙が既に存在していたのである。 その姿が地球から見えたのである。 

今、我々が見たその宇宙が、では現在只今、どうなっているのかは、130億年後の、地球から見ないと判らない。 その頃には、地球は消滅していることだろうが。

正月元旦に山に登り、御来光を拝む。 太陽から地球までの距離はおよそ1億5千万キロあり、御来光の光は、実は、実際には、8分前の、過去の光と言うことになる。 光の速度が、1秒に30万キロと有限であるからである。 その故に、宇宙に関する限り、我々は、過去を見ることが出来るのである。 宇宙空間には、過去が満ち満ちている。

立場を変えて、もし太陽の距離から地球を見たなら、8分前の貴方を見ることが出来る。 過去の貴方は、現実には、太陽と地球という宇宙空間に厳然と存在している。 私も存在している。 1光年先の星から地球を見たならば、そこには、1年前の貴方が見える。 私が居る。 今日の私、今の私は、今後130億年、いやそれ以上に、永久に、宇宙には存在するのである。 地球上の現象として、私という肉体が、たとへ滅び、焼却され、散骨されても、私の人生の生き様は、宇宙空間において、永久に存在し、滅びることはない。

こう考えると、気が楽になった。

 
そして、永久に残る私の人生記録を、汚すことのない様に、これからも清らかに余生を送らねばならないと、思った。 

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2006.06.02

臣節

臣節

朝から”どんぐもり”のこの日、用をつくって、岡崎に出た。 たまたま、近代美術館で、藤田嗣治展が開かれているのを発見し、入場してきた。 「パリを魅了した異邦人」ということで、NHKなどがことあるごとに紹介しているためか、この日も入場者はイッパイであった。
 
正直言って、私は絵はわからない。 感動できればいい絵だとしか解らない。 藤田氏の絵、とりわけ有名な「五人の裸婦」や「カフェにて」の前には、人だかりしていたが、しかし、恥ずかしながら、私は感動できなかった。

が、彼の「戦時下で」の大きな作品の内、 「アッツ島玉砕」そして「サイパン島同胞臣節を全うす」の前で、動けなくなった。 そして、慟哭した。 とりわけ、サイパン島の絵の中で、自決を目前にして、祖国に向かって祈っている婦人の姿には、その心の内を想い、慟哭を禁じ得なかった。 

彼と同じ時代、同じ体験をした者にだけしか解らない感動であるのかも知れない。 
機会があれば、あの絵は是非とも見ていただきたいと思う。
 

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