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2006.02.24

感涙

感涙

2月24日、早朝、私は感涙にむせんだ。 荒川静香選手が、トリノの氷上、金メダルに輝き、日の丸が挙がり、君が代が流れた瞬間だった。 荒川選手も金の表彰台の上で、君が代を口ずさんでいた。 私も共に口ずさんだ。 君が代は、やはり素晴らしい。

私は、いや、日本国民のすべてが、この瞬間、感激し、感涙にむせんだことだろう。 本当に、久しぶりの感激、そして感涙であった。
 
荒川選手よ 金メダルおめでとう! そして、何よりもこの感動を 有り難う!!

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2006.02.23

ライブドア

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ライブドアショック以後、日本の株が乱高下している。 素人の私でも興味が惹き付けられる。 株式市場の専門家達の話が、あれやこれやと変わっていくのも面白い。 私はこの方面では全くの素人で、それに、株式の売買に要する資金が、潤沢に有るわけでもないので、むしろ見ているだけのことが多いのだが、実際、この所の市場は、見たり聞いたりしているだけでも、面白い。
 
聞けば、最近は小学校でも、株式取引のことを教えたり、実際に実習させたりするところもあるとのことだから、シニアーの我々も、頭脳の老化防止のためにも、株式市場に挑戦した方が良いのかも知れない。 その昔、例のNTTで、大損した一人ではあるが。 

とりわけ最近は、ネットで取引が出来るのだから、あくまでも自己責任の範囲ではあるが、静かに株を買ったり、売ったり出来るのがよい。 店頭では、法外な値を付けて、店員さんに失笑されるものでも、ネットなら、付けることが出来るのだ。

 
まさかと思われる値段で、売りに出した株、大抵は流れることが多いのだが、ある日突然何故かしら、ストップ高になって、全部約定してしまい、御本人が吃驚することがある。 こんな時、誰だって嬉しい。 とりわけ、その後に、何故かまた値が下がったりすると、「ヤッター」と、変に自信を持ったりする。 

私の場合、株を買う会社を選択する根拠は、自分に関連ある会社が多い。 我が家のソーラーを作った会社だから、とか、自分の今使っているパソコンの会社だからとか、或いは大学勤務時代に、有り難くも研究奨学金を贈与してくれた会社だから、などが、選択の基準になっている。 本当に株で、儲けるのだったら、こんな文学的な情緒では駄目なのだろうが。

 
が、私は、そんな情緒をも楽しみながら、また会社の発展をも応援できれば、これほど嬉しいことはない、と思う。 だから、やっぱり私は素人なのである。 それでも確かに株は、シニアーの頭脳の老化防止には、良いことの一つだろうと思う。

えっ? なんですって? それで儲かってますかって? 
「ぼちぼちでんな」っと、言いたいもんですけんど、「やっぱり、あきまへんな」。 

 
  

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2006.02.17

ローマ人の物語

rome_history14 北嶺になお白銀を見るこの日、浩然の気を養わんと独り、宝ヶ池行きのバスを待つ。 待つこと数十分、寒風の中、バス遂に来たらず。 人生、こんなことも有らんと、悠揚として帰宅する。 還りて、独り生姜湯を喫む。  恰好の美味なり。 これまた佳し。

南窓に寄りて、塩野七生女史の「ローマ人の物語」第14巻を読む。 副題は「キリストの勝利」とある。 74ページの叙述が、これまた佳し。 

曰く 「政教分離が文明国の証明のように思われている現代でもなお、宗教法人への非課税は存在する。 「聖なる任務」が意外にも「聖でない任務」よりも大なる収入をもたらすのは、人間社会の歴史的現実であるにもかかわらず、人間は、宗教を旗印に掲げられると、ついひるんでしまうのかも知れない。 その論議は措くとしても・・・・・」


蓋し、この論議、現代の日本では、すでに措くことの許されざる所にあらずや。 

「ローマ人の物語」は必見の著書である。                                                     

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2006.02.12

トリノと建国記念日

2月11日は、昔の紀元節、今の建国記念日である。 日本の国の創生を祝う日である。 たまたまこの日が、今年は、イタリア トリノでの冬季オリンピック開催日と重なった。

その故か、新聞もテレビも、インターネット新聞も、話題はトリノ、トリノに集中していて、建国記念日は、完全に「没」にされている感触だった。 
実に、実に、情けない。

ただ一つ、NHKの7時のニュースで、建国記念日の短いニュースがあったのが、私にとっては、唯一の救いであった。 
世界中の何処の国でも、自国の建国を国民こぞって、歌い祝うのは、当たり前のことである。 のに、何故、我が国はこうなのか! 
何故、我が国には建国記念の歌がないのか?
私は一人、鷺森神社に参拝し、建国のお祝いを奏じてきた。
私は一人、紀元節の歌を歌ったのだった。

紀元節
     歌  高崎 正風
     曲  伊沢 修二 

♪♪

一。 雲にそびゆる高千穂の
   高峯おろしに草も木も
   なびきふしけん大御世を 
   仰ぐ今日こそ 楽しけれ

二。 海原なせる埴安(はにやす)の 
   池の面より、なおひろき 
   恵みの波に浴みし世を
   仰ぐ今日こそ 楽しけれ

三。 天津日嗣(あまつひつぎ)の高みくら
   千代よろず代に動(ゆる)ぎなき 
   もとい定めし、そのかみを 
   仰ぐ今日こそ 楽しけれ

四。 空に輝く日の本の 
   よろずの国にたぐいなき 
   国のみはしら樹(た)てし世を
   仰ぐ今日こそ 楽しけれ
          
♪♪

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2006.02.08

ダルム ガス

darmgas2 

ダルム ガス

ダルム ガスとは屁のことである。 冒頭の題が屁では如何にも可笑しいので、ダルム ガスとした。 幼少の頃、父が屁をすると、言い訳に「屁は健康のバロメーター」と、言っては誤魔化していた。 家庭内では愉快な父であった。 

最近の私は、風雪でさえなければ、よく曼殊院の方に散歩に行く。 我が家から曼殊院までは、連続しての結構、坂道が続く。 この道をどの程度スムースに歩けるかが、今の私の「健康のバロメーター」となっている。 

心臓が弱り、体や肺に水が溜まると、テキメンに、歩きの速度が落ち、実際しんどくなる。 こんな時、体重を量ると、65キロを越えている。 これは私の心臓にとっては、イエローカードである。

こんな時は、次の朝、洗顔直後に、フロセミド(40mg)一錠を白湯でのむ。 フロセミドは利尿剤であり、医師から適宜必要に応じて、服用したら、と言われているものである。
この薬は、実に良く効く。 私には合っているのだろう。
 
服用後、まさに10分ごとにトイレに駆け込むことになる。 その頻度も多いが、排尿される量も多い。 体の中に、潜在している余分な水分がどんどん減っていくことが、実感できる。 体が、見る見るうちに、軽くなり、足の浮腫がスーット消えていく。 頻度を数えてみたら、午前中で、12回、ざっと計算しても、2.5kgは排水されたことになる。 

この日、普通に三食食事もし、午後コーヒータイムもとったのだが、実際、入浴後、体重計に乗ったら、体重は62.5kgとなっていた。 明朝には、62kgを割っているだろう。 これでまた、散歩がスムースになると言うものである。

ただし、このフロセミド、何か実務があるときには、服用は避けた方がよい。 実務と言って、別段、仕事ではなくても、例えば、外出、外食、また電車やバスに乗るにしても、まさに、10分ごとにトイレを必要とするのだから、いわゆる実務は出来ない。 何の制約もない平和な日を選んで服用する方がよい。

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2006.02.03

君よ知るや南の国

君よ知るや南の国

(写真は何れもクリックすると拡大されます)

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日本の南を知らなかったので、避寒も兼ねて、1月の26日からの、八重島群島の旅に参加した。 
この時期、八重山群島地域は快晴が少ないらしい。 
本当は、紺碧の空とコバルト色の海を期待していたのだが、この日も矢張り、曇天であった。 しかし雨に降られることはなく、日本最南端の島、 波照間島をも訪れることが出来た。 感激だった。 冒頭の写真は、飯島氏が個人で建立した貴重な碑である。 何と云っても、日の丸がいい。 感動を禁じ得ない。

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旅は伊丹空港から始まり、那覇空港を経由して、その日の午後、石垣島空港に降り立った。 当たり前だが、一面の雲海の上は紺碧の空である。 白銀のような雲海の広がりは実に目映く美しい。 が、あの雲の下は、どん曇りであることだろう。 離島への飛行機だから、空いていると思いきや、両方とも満席の状態だった。 矢張り、この時期八重島群島への旅は、今がよいのかも知れない。

http://www.m-daiko.co.jp

石垣島では、濡れるほどではないが、細雨であった。 一行は30人、まず最初に、バスを駆って、美しい珊瑚が見られるという川平湾に行く。 途中、既に水田に水が張られ、田植えの準備が始まっていた。 もしその気があれば、3毛作も可能だという。 川平湾は、太陽が出ておれば、ここの湾の海水が七色に変化して素晴らしいのだそうだ。 この日は、夕方にも近く、曇天だったので、一色であったが、確かに美しい色であった。 それよりも矢張り、ここでは、グラスボートで見た、珊瑚のいろいろと熱帯魚の群が美しかった。 

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夕方、ホテルにはいる。 京都に較べると、ここの日暮れは矢張り少し遅い。 

宿はビーチホテルサンシャインで、海辺の静かな環境にある。 晩餐には、いろいろと御馳走が出るが、何と云っても沖縄で美味いのは、モズクと豚の煮付けであると思う。 ちなみに八重島では美味いことを、「ンマサーン」と言うのだそうだ。 「いらっしゃいませ」「welcome!」は「オーリトーリ」で、実際この名前の付いた「通り」があって面白い。

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2日目、この日の旅程は忙しいらしい。 早朝に、離島桟橋に行く。 ナント観光客で、すでに桟橋の待合いは大混雑である。 6号桟橋から快速船で、西表島に向かう。 この快速船、まるで、北朝鮮の工作船を追跡するように、猛スピードで走る。 離島巡りの快速船は殆ど全て、安栄観光の船である。 モーターはホンダ製であった。 

http://www.aneikankou.co.jp

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西表島ではかの有名な「由布島」へ水牛車で渡る。 水牛車は全部で、この日、20数台は動いていた。 それでも、10数頭の水牛は、休暇中であるらしい。 とくに、水牛の獣医さんというのはおらないので、御者の人達による水牛の健康管理が大変らしい。

それは兎に角、観光客にとっては、この水牛車による由布島への渡りは、別世界のように長閑で、のんびりとしていて、癒しそのものである。 この雰囲気は、実際に体験するに如かずだと思う。 それらの写真でその雰囲気を味わってください。

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由布島は嘗て大台風で全島が壊滅し、住民はすべて離島したらしい。 が、一人、島を愛する老雄がここに残り、植林、復興して、今はそれが実に立派な亜熱帯植物園となっている。 その気概こそ以て銘すべきである。

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西表島の観光で、今ひとつ有名なのは、仲間川の川上りである。 遊覧船に乗る。 この川の両岸に展開するマングローブの林、いや、マングローブの森が素晴らしい。 海水、そして汽水のなかで育つ、マングローブの根は、海水を濾過することが出来るのだそうだ。 それでも吸収してしまった塩分は、特別の葉に集めて、廃棄するという機能を備えている、と云うのだから、素晴らしい。 
人間、須くこのマングローブの遺伝子を調べ、耐塩性の植物、例えば、耐塩性の稲の開発を試みるべきであろう、と思う。

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マングローブの森は延々と続くが、その奥に、これまた驚くべき巨根を有するサキシマスオウの木がある。 巨大な切り立ったような根を持っているのが特徴である。 樹齢500年とか。自然は何処までも神秘的である。

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http://www.iriomote.com

次に再び快速船を駆って、朝のテレビドラマで有名になった、「ちゅらさん」の島、小浜島(おばまじま)に行き、「はいむるぶし」のこはぐら荘に入った。 ここで、遅い昼食となったが、今はここには、広くロッジが展開開放されていて、宿泊客も多いらしい。 素晴らしい景観の庭園が用意されているようだった。

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昼食後は、ちゅらさんのドラマのロケ地を巡り、大きく広がるサトウキビ畑の中を走った(シュガーロード)。 サトウキビの収穫作業は、なかなかの重労働である。 が、今では、内地から、サトウキビ収穫隊のボランティアの人達が見えていて、実際に作業されていた。 私達が、バスで通ると、その人達が手を挙げて、合図してくれるのが、嬉しかった。 本当に御苦労さんなことである。

次にまた再び、快速船に乗り、竹富島に向かった。 竹富島は周囲9キロの小さな島であるが、星砂の濱として有名な「海治濱」がある。 星の形をした美しい砂が広がっている。 この砂、実際には、原生動物、有孔虫の骨格の破片だという。 貴重なことには変わりない。 島にはレンターサイクルが用意されていて、若い人達が利用して、濱を巡っている。

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この島はまた、その街の多くが国の「重要伝統的建造物群保存地区」となっていて、流石に独特の雰囲気を備えている。 その古き好き沖縄の風景の中を、水牛車で巡るのである。水牛車の御者が、水牛を実に巧みに操り、そして、沖縄の民謡を歌ってくれる。 沖縄の民謡にはどれも独特の哀愁がある。

安里屋ユンタ

   ♪♪ サアー君は野中の いばらの花か
      サーユイユイ
      暮れて帰れば やれほにひきとめる
      また ハーリヌツィンダラ
      カヌシャマヨ ♪♪

ツィンダラカムシャマヨ というのは 美しいお嬢さん、 北海道のアイヌ語での ピリカメノコ に当たる言葉だそうだ。

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 第3日目は、いよいよ日本最南端の島、波照間(はてるま)島に渡った。 石垣島から南西に63キロ、、船中ジェットコースターのような体験をしながら、波頭を越えて1時間、波照間島に到着した。 波照間とは「果てのウルマ(珊瑚礁)」を意味するらしい。 ここより少し南下すると北回帰線がある位置である。 従って、2月から6月には、運が良ければ南の水平線上に、サザンクロス 南十字星 が見えるそうだ。 

この島で有名なものにシムスケーの古井戸がある。 その由趣は写真で見ていただきたい。

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今は流石に使われてないが、今でも真水は出ているそうだ。 現在の上水はプラントにより海水を浄化して生産されているとのことであった。 貴重な水である。 農業用水などは、天からの恵に期待することになるので、島のあちこちに用水池が作られていた。 電力は沖縄電力が供給しているが、島の中央近くに大きな風力発電のプロペラが、この日回転していた。 島をマイクロバスで走っていると、荒野のあちこちに山羊が草をはんでいる。 これらの山羊は全て、野生のものらしく、自由に獲っても良いそうである。

またこの日訪れたニシハマビーチの海の色は、薄曇りだったけれど美しかった。 沖縄の海なればこそだと思う。 思い出にこの美しい海浜で美しい貝などを拾った。

seashore_blue

ついで、高那崎の広漠たる岩原、これらの岩は昔の津波で打ち上げられたものというのだから、驚きである。

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遂にとうとう、日本最南端の碑の場所に立つことが出来た。 感激である。 冒頭の日の丸の輝く小さな方の碑は、飯島氏個人の熱意によって建立されたものだという。 凄い熱意であり、凄い人である。

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大きな方の平和の碑は、写真によく出てくるものだが、この大きな花崗岩はそのもは、台湾から運ばれたものだそうだ。 皆が交代交代に記念写真を撮る。 実際もう再び、此処まで来ることは先ず無いだろうから。

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ここから見晴らす太平洋は、今日は一見静かだが、台風の時はすさまじいらしい。 一面に広がる岩石の数々は、台風のおり、海岸から吹き上げられてきたものだという。 想像できない凄さである。 事実この岩壁にたつと、この日も、この日本最南端の岩壁に砕ける波は凄いものだった。

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最後に、この南海の島の荒野に、気高く咲いていた、アザミの花の写真を、内地の皆さん方に御紹介いたしましょう。

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この後、再び快速船に乗り、石垣島に帰り、唐人墓を見学し、時刻ぎりぎりの飛行機に飛び乗った。 再び、珊瑚礁の海を見下ろしながら、2泊3日の旅を終えたのだった。 

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強行軍の日程ではあったが、思い出に残るいい旅であった。 

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