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2005.10.20

大文字山に登る 亦楽しからずや

heigei

    (写真はクリックすると拡大されます)

快晴のこの日、20日、独り大文字山に登る。 
保育園の子供達が、また老人倶楽部のお年寄り達が、
それぞれに、賑々しく登っている。 
登山路の途中にある 冷水 がまた旨い。 
大文字の大の字のチョッペンに座して、京都市内を睥睨する。 
萬とあるあの一つ一つの家の中で、
それぞれの喜怒哀楽が渦巻いていると思うと、
何故かしら、
こちらまでが安心した気持ちになれるから、
それが可笑しい。
 
山に登って、天下を睥睨する、また、楽しからずや、である。 

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2005.10.11

ピンガー

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先日、NHKで連続放送された、橋田寿賀子原作のドラマ「はる と なつ」は、感動的であった。 第1回のブラジル移民団として、渡伯した、北海道からの開拓団の、現地での苦難の生活が、バックになっている。 

ドラマの筋書きは、渡伯寸前、生き別れになった姉妹二人、はる と なつ が、それぞれに、相手を思いながら出した手紙が、何れも手元に届かず、それぞれが70年ぶりにやっと、開封できたということが劇的要素となっている。

筋書きはともかく、ドラマの中で、苦難の開拓生活を続ける、姉妹の父忠次が毎晩、自棄気味にのむ地酒、「ピンガー」に 私は、惹き付けられた。 ピンガーには私にも遠い思い出があるのだ。

もう半世紀近く前のことだが、私がオーバードクターで、生活に貧窮しているとき、私もブラジル行きを考えたことがあった。 実際、「ポルトガル語四週間」という本を購入して、日夜自習していたのだった。 

当時、南米ペルーのインカ遺跡の発掘で活躍されていた、東京大学の考古学教授、泉 靖一 先生の紹介で、ブラジルの地酒「ピンガー」の事を知った。 ピンガーは、サトウキビの絞り汁を、そのまま発酵させたものである。 通の人には美味い酒らしいが、そのままでは独特の生臭い香りがある。 だから、この香りを無くすか、グット減らすことが出来れば、世界的に通用する銘酒になるだろう、ということであった。 この仕事を南米でやらないかと云うことである。 ブラジルの日系新聞社の社長さんのルートで、日本でピンガーを手に入れることが出来た。 

私は、実験を繰り返した。 濾過、精溜、当時考えられるあらゆる手だてを試みた。 が、その独特の生臭さは、遂に、取り去ることは出来なかった。 今なら、今の技術なら、出来るだろうと思う。 あるいは、もう出来ていることだろう。

そして、私のブラジル行きの夢は、はかなく消えたのであった。 

遠い思い出である。

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2005.10.06

三陸海岸大縦断

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beatiful 

みちのくの、そのまたみちのくの奥を訪ねた。 この道、嘗て今は亡き父が、みちのく独り旅を楽しんだ道でもある。 当時、同じ題名の歌謡曲が流行っていたのである。 父は、元来、自分流の替え歌を作ったりする「洒落ッ気」が有ったので、その独り旅も、同じ動機からだったと思う。 
青森県の竜飛岬にも行き、そこで偶然出会った放浪青年と、放浪同士ということで、記念撮影をしたのを、見せてくれたことがあった。 独りまた、かの恐山を訪ね、三陸海岸を逍遙している途次、何故かしら突然、血尿が出だしたと云うことで、御本人、吃驚仰天し、当時まだ秋田県に居て、開業中だった医師の叔父の家に飛び込んだそうである。 さいわい、血尿は一過性のものだったらしく、父は、意気揚々として、京都に引き上げてきたのだった。

そんな背景もあったのだが、私自身もこれまで、三陸海岸は未経験だったし、以前から、一度は訪ねたいと思っていた。 たまたまツアープランの広告を見つけて、直ぐに応募し9月27日からの一行に参加した。 3日前に台風17号が、太平洋上に離れていき、文字通り台風一過の快晴に恵まれた。

伊丹空港から、一気に青森空港まで飛ぶ。 琵琶湖全体を見下ろし、北アルプスの白雪が見られ、佐渡島が見わたせた。 青森地方は快晴で、この日、岩木山の稜線が美しかった。 青森から観光バスに乗り、高速を上って、秋田県に入り、「味噌焼き きりたんぽ」の昼餉を採った(鹿角市)。 例の市町村合併が行われたとのことで、今までに聞いたことのない名の市が多く生まれている。
 
ここよりいよいよ太平洋側へ向かう。 みちのくのおく、そのまた奥を走る。 こんな所にも、立派な道が続いているのに驚かされる。 が、人っ子一人全く見かけない。 久慈渓谷を通り、やっと太平洋の見える「琥珀いろの街」久慈市に出た。 ここにはホテルがあった。 第三セクターの三陸鉄道に乗る。 太平洋の見える側をと気負って席を取ったのだが、走り出すと、トンネルばかりで、太平洋が見えたのは、3回ぐらいだったか。

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普代という小さな漁村の駅で降り、再びバスで、今度は三陸の断崖上を走り、数々の漁村を通り、観光スポット「北山崎」につく。 展望台まで歩く。 この日、天気晴朗なれど波高く、やっと見られた太平洋の展望は、実に素晴らしかった。 

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matsuiwa 

松間より見下ろす岩の姿は幻想的でさえあった。

この景色、父もここで、このように見たのだろうと思う。 ちなみにこの地の名物菓子は「ぶすのつぼ」という。 名前が面白い。 こんなの女性に贈ったら、破談になるかも知れない、ので私は買わなかった。 呵々大笑。

この後、龍泉洞に行き、その近くの岩泉のホテル(愛山)に泊まった。 超ぬるま湯の牛乳風呂があった。 夜中、時雨があったらしい。

次の日は、また、快晴、バスを駆って、名勝「鵜の巣断崖」に行く。 

ここ陸奥の国、岩手では山が、とりわけ、赤松林が美しい。  この地、松喰い虫の被害はなかったようだ。
太平洋岸の断崖上に林立する松林、その緑は、子供の頃、京都洛北の山々でも見た風景に似て、懐かしく、嬉しい。 松林こそは日本の原風景なのである。 赤松林のあるところ、松茸が生える。 実際、土産物屋では、原産の松茸を、京都の十分の一の価格で売っていた。

鵜の巣断崖、さすがさすがの絶景である。

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 この日、太平洋の波は高く厳しく、それが岩礁、そして、断崖に砕け散るそのダイナミズムに圧倒された。 素晴らしい光景であった。 気が甦るのを感じる。 

この後、サイロの見える畑地の中を通り、田老町は三王岩のスポットに行く。 陸中海岸国立公園の名勝なのだが、茶店も土産物屋もない。 が、トイレだけは立派に整備されている。 

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三王岩の見える展望台まで急坂を下る。 下るのはいいが、上るのに息が切れる。 一行は中高年ばかりだから、ガイドさんも気を使うことだろう。 高さ50メートルの屹立する三王岩の上の松の林が美しい。 この風景、昔は、山陰地方の海岸でも見られたのだが、すっかり松食い虫にやられて、今はもう無い。 貴重な風景、松林である。

ついで、浄土ヶ浜に赴く。 このツアーの目玉である。 さすが、ここには店もレストランも多い。 集合写真を撮ってから、観光船に乗り込む。 波が高いから船は揺れそうだ。 実際、揺れに揺れた。 船につきまとうウミネコの乱舞も面白い。 波が高く、岩にはじける姿が壮快である。 この日はだから、ラッキーなことに、潮吹き岩からの豪快な潮吹きも見られた。  皆が写真をバチバチ撮る。 船が揺れるから、写真も揺れてることだろう。 連作を載せてみる。

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ここのレストラン、さすが海の幸が多い。 いや、全て海の幸である。 それにシェフの口上が面白く、商売が巧い。 

この後、碁石海岸に行く。 断崖上の海岸線に沿って、いい散歩道が出来ている。 乱曝谷の奇岩が凄い。 

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波が砕け散って、雷鳴のように轟く。 実際、雷岩と云うのもある。穴通磯に通ずるこの道の松林が、本当に美しい。 萩が咲いている。 野辺にはアザミも咲いていた。

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バスは吉里吉里の里を通り、遠野物語の地をかすめ、遠く釜石の大観音様を拝し、津波の大防波堤を眺め、数々の漁村を経て気仙沼に着いた。 この夜は、気仙沼の高級ホテル(気仙沼プラザ)に泊まった。 晩餐はマグロの解体ショーを交えて、これまた、海の幸の満艦飾だった。 若い頃ならともかく、申し訳ないが、全ては到底、食べ尽くせるものではない。

3日目の早朝、ホテルの前の「お魚いちば」を冷やかしに行く。 何と皆さん一同も同様である。 今日のコースは、唐桑半島の巨岩(おおいわ)を見に行く。 この日の波は、昨日よりは静かになっていた。 嘗ての大津波で、先端が折れたという折れ岩がある。 とにかく奇岩の林立が美しく、折からの逆光に、輝く太平洋をバックにした岩の群像、そのシルエットがよい。 

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今ひとつの景勝地「半造」を訪ねる。 或いは、飛び込みたくなるような、岩場が多い。 ガイドさんは知らぬ顔してたけれど、実際、飛び込みも有るのではないかと思ったりする。

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その後、帰途に、仙台近郊の厳美渓に立ち寄り、一行に合わせて、例の「かっこう餅」を買って食べる。 観光客が多かったので、今日も沢山売れることだろう。 このあと、「世嬉の一」の酒蔵で食事をし、一路仙台空港に走り、バスガイドさんとはここで別れた。 伊丹空港へ飛ぶ帰りの機中、雲上に富士山がくっきりと見えたのだった。 

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