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2005.04.30

みどり の道

みどりの道

私は新緑が好きだ。 新緑の変化は速い。 二日と経たない内に色が変わる。 深くなる。 みずみずしい、どちらかというと黄緑から、浅緑に、そして深緑へと変わる。 その変幻は神秘的である。

 
葉の中のクロロフィルが幾何学的に増えているとか、葉緑体の量が増加しているとか、そんな無粋なことはもう云うまい。 
今はただ、神秘的なこの新緑の変幻を 感動をもって見つめたい、実感したいと思う。
 

近くの宝ヶ池公園、そして、松ヶ崎山の「みどり」の道を歩いてきた。

(写真はダブルクリックすると大きくなりますよ)

1.この日、宝ヶ池公園には、多くのファミリーやグループが、新緑の中で団欒し、交歓していた。

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2。空は碧く、新緑が陽に映えていた

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3.公園から宝ヶ池への道、まさに緑の天蓋である。 思わず深呼吸をしてしまう。

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4.私の好きな道、毎年、この時期、ここで絵を描く人がいる。 実にいい風情である。

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5.宝ヶ池に出る。 向かいの山が輝いている。

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6.菖蒲園の中に、早咲きの黄色が、よいコントラストを作っている。

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7.宝ヶ池の新緑を愛でながら、同好の人たちと、後になり先になりながら、風が薫る、湖畔の道を歩む。  

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8.池を離れて 松ヶ崎山に入る。 この山道も新緑に満ちあふれていた。

ここは人っ子一人通らない、静かで明るい道である。 風の音だけがする。

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新緑を満喫した日でありました。 この新緑、来年もまた会えるだろうか、と思いつつ帰宅したのだった。 

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2005.04.21

春は探鳥

春は探鳥

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本当に、今は山肌の萌葱色が美しい。
またこの時期、これからは、探鳥にも好適である。
とは言うものの、もう小生、登りはシンドイから、先ずは下りばかりの山道を捜す様にしている。
 
17日には、ケーブルで比叡山に上り、そこから、修学院の梅谷ルートを野鳥の囀りを楽しみながら、ゆっくりゆっくり下ってきた。 
萌葱色の山肌から、ウグイス、ホホジロ、ヒガラ、四十ガラ、ヤマガラ、ヤブサメ、カケス、カワラヒワ、サンショウクイ、センダイムシクイ、セキレイ、ヒヨドリ メジロなどなどの囀りを聞くことが出来た。 

鳥たちの囀り、若干、まだ未熟なところもあったが、でも、皆、嬉しそうだった。
比叡山は、さすが、まだ、探鳥には絶好の場所だと思う。 ケーブルの頂上駅付近では、ウグイス、ホホジロ、それにヒガラが盛んに囀っていた。
 
証拠写真に、ルートの途中での展望の写真を添付いたしましょう。

1.冒頭の写真は千種忠顕卿の碑 大正十年五月の銘がある。 ここを訪れたのは久しぶりだった。 この辺りは杉林の中で、静かである。

2.展望地よりの景: 下に見えるのは岩倉地区。
  この近くでは、盛んに、ヤブサメが囀っていたっけ。

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3.水飲対陣之跡

この石碑にも大正十年五月の銘がある。 

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ここで道は3方に分かれる。 今回は梅谷ルートを下る。

4.梅谷ルートは明るい。 この辺り、サンショウクイの「ヒリヒリヒリ・・・」やセンダイムシクイの「チチブ ジー」が聞かれた。 

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5.梅谷ルート2. この辺りからせせらぎに沿って下る。 カケスの「ジャー ジャー」が賑やかである。 この鳥、姿は美しいのだが、声は悪い。 ホホジロは梢から「源平ツツジ白ツツジ」と、声高らかである。

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6. 梅谷ルートの里近くには、古来、離宮の敷地を削って、「山の神」の古い碑が残されている(上)。 ヒヨドリが賑やかである。

7.道は赤山禅院の前に出る。 里のウグイスの囀りがよい。

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里にいる鳥たち(イカル、キジバト、スズメ、ツバメ、トンビ、カラス)の中では、やはり、颯爽としているのは、ツバメ達である。 彼たち、「土食って、虫食って シブイシブイ」と鳴くのが可愛い。 そのうち、「チョトコイ チョトコイ」と、コジュケイも鳴き出すだろう。

この日、一万歩、2時間のコースであった。

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2005.04.14

山肌の・・・

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山肌の・・・

今の時期、
山肌の思わぬ所に、
思わぬ山桜の花が咲き、
思わず感動してしまう。 

この時期の山肌の色
ほんわかと柔らかく、
ほんわかと 淡いヴァラエティの中に、
これまた淡いピンク色の、
桜花の樹があるのを見つける。

およそ人が訪れることのない、
傾斜地に、秘かに、
しかし誇らしげに咲いている、
あの桜に、
私はエールを贈りたい。

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2005.04.11

サクラ さくら 桜

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三日も快晴が続いたので、今年の桜は、パット咲いて、パット散る、典型的な「大和魂」の桜である。 新聞やテレビで、あちらからもこちらからも、花見の情報が、それこそ瀕紛として、伝えられると、誰しも落ち着かなくなるものだ。 加えて「快晴」ともなれば尚更である。 バックの空が碧であれば、桜花は本当に美しい。
 
4月8日、第2回目の心臓手術後17周年記念日のこの日、花見を兼ねてソフトウオークをしてきた。 道すがらの花の風景を掲載しようと思う。

冒頭の写真は、近所の高野川畔の桜並木である。 文字通り山紫水明、ここから見る比叡山、横高山の連山の景色が僕は好きである。

次の写真は、京都植物園である。 何時行っても、いろいろと花が美しく、しかも何時でも無料で入れるのがよい。

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植物園を出ると、鴨川畔に出る。 この道は京都を代表する散歩道である。 とにかく、素晴らしい。

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鴨川畔を下ると出町柳に出る。 ここから、高野川を遡って、修学院に帰る。 高野川畔から見上げる比叡山がよい。

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とにかく碧空に映える桜花の美は、人をして感動させるものがある。

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が、また、太い桜の幹から、孤り、一房の桜花が萌えだしている姿も感動的である。

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4月13日:遅ればせながらの花見

今日4月13日、3ヶ月ぶりに京大病院、心臓外科の外来診察に出かけた。 今度の先生は、新しくT医師で、物事をはっきり言われるところが気持ちいい。 「京大での3回目の手術から、まる3年と10ヶ月ですが・・・」と、私からの報告と先生の診察の結果、何もかも順調なのだから、まさかの時は別として、今掛かり付けのH医師に、お委せしたらいいでしょう。 京大にわざわざ来院してもらわなくても、とのことであった。 が、私の希望で、先ずはともかく、半年先に、と言うことで10月の予約をとった。

京大病院と桜

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診察中、「今のこれら二つの人工弁、どれくらい保ちますかね?」と、訊いたら、先生、即座に「永久に保ちますよ」ですと。 永久とは、・・・?!、私が、死ぬまで保つとのことだから、・・・?! とにかく、嬉しいじゃないですか。 呵々大笑。

ちなみに、第一回目の時の人工弁は、当時のA先生の説明では、40年は保つとのことであった。 が、実際は20年であった。 第2回目の時の人工弁は、M先生から7年から12年は保つから とのことであった。 が、実際は13年保った。 今の弁は、永久との見解である。 この実験結果を期待したい、と思う。

病院の食堂で、モーニングセットを採り、ゆっくり一服する。 いつもここには、ここの独特の雰囲気がある。 決して悪い雰囲気ではない。 
外は晴れ上がった模様、診察が早く終わったけれど、だからといって、今から映画に行くのは、馬鹿げている。 晴れなのだから、矢張り期間限定の、サクラを見に行く方がよい。 昨晩、テレビで紹介されていた二条城のしだれ桜を、ということになった。 

病院を出て、鴨川畔に至る。 鴨川畔の桜花、既に風に舞い、川柳の緑が揺れている。 市役所前から、地下鉄で、二条城へ。 所要時間4分である。 バスならこういうわけにはいくまい。 二条城の入場も無料である。

二条城天守から

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城内、桜の園に素晴らしい桜を見つけた。 かんざんさくら という。

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城内のしだれ桜は今日が満開当日、という感じ。 この満開のしだれ桜(ヤエベニシダレ)に、山桜の散華、花吹雪が舞う。 なんとも好い情景である。 桜を訪ね、桜を愛でて、城内を一周。 外国人や修学旅行生が多い。 花を賞でる人は皆、善人である。

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再び地下鉄に乗り、終点の六地蔵まで、所要時間28分である。 六地蔵からあわよくば、宇治川畔を歩いて、宇治までと思ったが、空模様が怪しくなってきそうなので、(と、いうこともあって)引き返し、地下鉄で三条京阪まで戻り、京都バスで帰宅した。 車窓から見る鴨川、高野川の桜並木からの花吹雪、美観であった。 が、我々シニアーが見て感じるこの感慨、若い人たちの感慨とは全く違うものだろう。

我々、いや、私は、出来れば、人に愛でられパット散りたいもの、と、思う。

    (2005.04.13)

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2005.04.01

浅春の修学院離宮

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卯月朔日、縁あって、修学院離宮を参観することが出来た。 修学院に生まれて、七十有余年、地元にありながら、公式に参観させてもらえたのは、今回が初めてである。

 四月とは言え、今年は未だに、桜の開花こそなかった。 が、林立する楓の枝頭には春の気配が充満していた。 上の離宮から見渡す京都、北山、西山の山並みを借景にした展望は、誠に素晴らしい。

今年、京都には、京都御所内に新しく「迎賓館」が創設されたが、迎賓館に見える各国の賓客には、是非、この修学院離宮こそお薦めしたいものである、と思った。 

上の写真は上の離宮、隣雲亭よりの展望である。

そもそも修学院離宮は、桂離宮に遅れること30年余り、この地に、明暦元年(西暦1855年)から御水尾上皇によって造営が開始されたものである。 
その後、幾多の変遷、歴史を経て、現在では、上・中・下のそれぞれの離宮と、その間に展開する田畑を含め、総面積16万5千坪を越える雄大な離宮である(修学院離宮資料より)。

苑内には楓の木が多く、したがって楓の四季、すなわち、春の新芽、それに続く楓の新緑、秋の紅葉、その落葉の風情、と年間を通じて素晴らしい風情を醸している。
先にも述べたが、京都の山並みを借景とした、雄大な展望が訪れる人たちを常に感動させてくれる。

以下に、浅春の修学院離宮の様子を、数葉の写真で、御紹介いたしましょう。
なお写真は何れも、ダブルクリックすると、拡大されます。

1.上の離宮、浴龍池より 「大刈り込み」の上の隣雲亭を見る

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2.上の離宮今ひとつの teahouse 窮邃亭 の扁額 「窮邃」 は後水尾上皇の宸筆と言われる。

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3.上の離宮 浴龍池に架かる千歳橋を見る。

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4.浴龍池より 離宮の山を背景にした 千歳橋である。

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5.上の離宮, 西浜より棚田、そして市内を展望する

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6.再び隣雲亭からの展望。180度、何度見ても素晴らしい。

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7.中離宮(林丘寺)の客殿には、有名な 霞棚 がある。 今の時期にぴったしの雰囲気である。

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8.上・中・下の離宮をつなぐ 松の並木道 の雰囲気も独特のものである。この道には、遠い思い出がある(後述)。

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9.下の離宮より見る比叡山も又、借景の一つである。

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修学院離宮の参観は、インターネットで申し込める。
 http://sankan.kunaicho.go.jp/order/

但し、とりわけ秋は、参観希望者が非常に多くて、抽選に当たるのは至難であるとのことでもある。 
が、矢張り、次の機会は、秋、紅葉の季節に是非訪れたいものである。

スギヤント

私が岡山大学に奉職していた頃、だから、もう40年も前のことだが、担当したクラスに、インドネシアからの留学生、ヨハネス・スギヤント君がいた。 スギヤントはイスラムではなく、クリスチャンであったので、授業中に、お祈りを始めるということもなかった。日本語も、そこそこ出来た。 ので、学業の成績もそこそこ(底ではない)のものであった。

彼が2回生の時、私は彼を京都の家に招き、京都のあちこちを観光案内したことがある。我が家の近くにも、曼殊院、赤山禅院など名刹が多い。 当時、赤山禅院の横からは、修学院離宮苑内の棚田への野道は出入りが自由であった。 地元の人たちが棚田で働くための野道である。

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私はスギヤントに修学院離宮の説明をし、彼に離宮内の松並木を案内したくなって野道に入った。 勿論、上・中・下のそれぞれの離宮内へは入れないが、せめて離宮の雰囲気だけでも、知ってもらえればと、思ったのである。 野道と松並木はつながっている。 独特の低さに揃えられた、いわば盆栽風の松の並木道は、日本情緒にあふれていて、留学生には強く印象的だった、らしい。

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その時、忽然と苑内の警邏中の警官が現れ、我々二人は、拘束されてしまった。 無断侵入者と言うことである。 確かに、宮内庁苑内への無断侵入だから仕方ない。 
しかし、こんな時、その当時では、スギヤントの存在は強かった。 彼がもし、日本人学生だったら、我々二人は、軽くても、始末書は取られていたことだろうと、思う。 或いは、その上、大学に報告され、戒告処分など受けていたかも知れない。

私達は、身分証明書を提示し、私は、「インドネシアの留学生に、云々」を強調しながら、事情を説明した。 警官は、「身分のある人が、無断侵入などしないで下さい」と、云って釈放してくれたのだった。 
スギヤントは、岡山大学を卒業後、北大に進学した。 今頃、インドネシアのどこかの知事ぐらいにはなっているのかも知れない。

今も松並木から見る、西の方、京の街の展望は、平和である。

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