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2004.09.01

ドーピング自由化論

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ドーピング自由化論

アテネでのオリンピックが終わった。 いろいろなドラマがあり、歓喜があり、悲憤があった。 日本が獲得したメダル数は過去最高だそうで、メディアは盛んにこれを書き立てている。 また、いろいろなハプニングがあり、それらに対する批評記事も多い。

なかでもドーピングによるメダルの剥奪の問題は、深刻である。 金メダルの栄誉が一瞬にして卑怯な罪人とされてしまう。 それによって、銀メダルの次者が金に昇格するのだが、御本人の心中は複雑であろう。 たとい、ドーピングがあったにしても、記録的には、後れをとったことには間違いないのである。

このドーピングの問題、かって、1972年ドイツ、ミュンヘンでのオリンピックで、喘息患者であるリック・デモン(アメリカ)が、喘息薬のエフェドリンを服用して、出場したが、そのエフェドリンがドーピング検査に引っかかり、失格とされてしまった、ことがある。 
1988年、韓国ソウルでのオリンピック、陸上男子100メートルで、ベン・ジョンソン(カナダ)が、当時9秒79の世界新記録で優勝した。 が、尿中より筋肉増強剤使用の陽性反応が出て、失格となり、記録も抹消されてしまった悲劇は有名である。
さらにまた、2000年のシドニー五輪では、体操女子個人のアンドレーア・ラドゥカン(ルーマニア)が、風邪薬を服用して、出場し、金メダルを獲得したが、尿中から、カフェインなどの興奮剤が検出されたとして、金メダルを剥奪された事実もある。

喘息の薬にしても、風邪薬にしても、当日、御本人がその症状を呈しそうならば、予防的に服用することは、我々も日常行っていることである。
又、最近、頻繁に宣伝され、随所で販売されている、いわゆる健康補助食品、栄養補助食品、ビタミン剤、栄養ドリンク、これらの成分のなかには、ドーピング検査に陽性とされるような薬品、例えばカフェインなど、が含まれていることも多いはずである。 健康保持のために、栄養補助のためにそれらを服用して何が悪いのだろうか。 事実、成長ホルモン、男性ホルモン、女性ホルモンの服用は、医療の現場では、現在、その目的に従って、屡々用いられている方法なのでもある。

今年の男子ハンマー投げで、幻の金メダルを獲得した、ハンガリーのアヌシュが、何を服用していたのかは、判らない。 が、彼が投げた距離が一番長かったことは、事実である。その記録は抹消されるだろうが、事実は事実として消えることはない。

筋肉増強剤にしても、男性ホルモンにしても、御本人が自己責任で、その目的の達成のために服用して、スポーツすることが何故いけないのであろうか。 人間である限り、どんどん増強し、人間として、どんどん人間の能力の限界を極めていくことがあってもいいのではないか、と、思うが如何なものだろう。

ドーピング自由のオリンピックもまた、見てみたい気がするのだが・・・。
             
                       (2004.08.31)

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この拙論に対して、数カ所から忌憚のない御意見を戴いた。 それぞれもっともな御意見であった。 要約すると、ドーピングを解禁すると、新記録や金メダルを追求するあまり、選手は過度のドーピング薬剤を乱用することになり、ためにその選手の肉体の、壊滅的破壊をもたらすことになる。 事実、その先例と見られる選手が現存しているという、ものである。
これは悲しいが真実である。 不幸である、と思う。
 
しかし、選手の立場にあれば、うたかたの、この、一度きりの人生で、何かしら「生きた証」を残せるものなら残したい、と言う気持ちが出るのは当然であろう。

嘗て、万葉の歌人、山上憶良も
 おのこやも 空しかるべき 人の世に 語り継ぐべき 名も立てずして
との 和歌を残している。 あの、山上憶良ですら、である。 

また、古代中国の「五代史」、王彦章伝にも 「豹死留皮、人死留名、・・・」 (豹は死して皮を留め、人は死して名を留む) の有名な言葉がある。  この世が、浮き世なればこそ、自己の名前を 永遠に残せるものなら、残したいと願うのは、 昔も今も変わることはない。

加えて最近のように、単に金メダルの名誉のみならず、それによって、多大の報奨金や年金が保証されるとなると、迷いが生ずるのも致し方あるまい、と思う。
自己の肉体の破壊を知りつつも、あえてドーピングをして、歴史に残る名誉を追求するのか、破壊を忌避して(たとえ空しくても)安泰を求めるのかは、選手の自己責任によって、決められることである。 これはすでにして、その人の人生観、生き甲斐論の問題となる。 先に私が申し上げた、自己責任とは、このことである。

ドーピングの世界では、検査により発見されやすい zenobiotics の投与、服用は避けて、遺伝子レベルでの体力増進が図られていると聞く。 例えば、筋肉増強に関与する遺伝子を、選手の本来の遺伝子中に取り込ませるという方策である。 端的に言えば、改造人間である。 これらをオリンピック協会はどのように判断するのだろう。
4年後の、北京でのオリンピックは、その意味でも興味深いものとなるであろう。

  (2004.09.16)
 

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