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2004.07.18

ウイーン旅行記

ビジネスクラスでウイーンへ行く

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わが人生の最後(?)の思い出にと、学生時代からの念願であったオーストリアのウイーンを訪ねた。
これまで海外旅行は何度か行ったことがあるが、いつもエコノミークラスだったし、この年齢になると、例のエコノミー症候群と言うのも気になるので、これまた、わが人生の最後(?)の思い出にと、初めてビジネスクラスなるものに乗ってみた。
料金は我々にとっては、目が飛び出るほど、高価なのだが、確かに、ビジネスクラスでの旅行は体が楽である。睡眠時、全身が伸ばせるのがいい。座席は何かと機能的に工夫されているので、乗り付けている人にとっては最高だろう。また、サービスとして、先ずは殆ど制限無くワインやリキュールが注文できる。飲み放題というものである。
だが、全くアルコールが駄目な私にとっては、そんなときにも、緑茶かせいぜいアップルジュースで我慢している。酒を飲める人たちが羨ましいとは思わないが、何か損している感じはする。かといって、しばしば運ばれてくる、サービスのつまみやお菓子ばかりを、食べているわけにも行かない。 
飛行時間中、外は明るくても、機上員が窓を閉めに来る。 必要なら勿論、個人用のランプはともせるが、とにかく、「眠られては如何ですか」と言うことらしい。本を読んでる人も無いではないが、こうなると当方は「ながながし夜を ひとりかも寝ん」を実行するしかない。
ウイーンまでの飛行時間はおよそ12時間、現地は夏時間と言うこともあって、時差は7時間である。が、機中いくらか眠ったとしても、体内時計は腕時計のようにはいかない。ウイーンでは滞在一週間の間、午後になると、必ず睡魔におそわれた。自分自身で行動しているときは、さすがに緊張するせいか、眠くはなかったが、例えば美術館などで、説明を聞いているときなんか、いつの間にか、立ったまま眠っていたりしていた。もったいないことである。これも、年齢の所為だろう。
他のヨーロッパ諸国の街と違って、ウイーンでは、水道水がそのまま飲めた。その水道水は、アルプスからの水と云うことで、いわゆる内地で云う、銘水なのである。本当に美味しかった。これは、ウイーンの素晴らしい点でもある。今ひとつ、ウイーンでは、他のヨーロッパ諸国の街と違って、泥棒が少ない。確かにスリなどはいるが、これは日本でも同じことである。泥棒ヤスリにいつも神経をとがらしていることがないのが良かった。だから、もしまた、ビジネスクラスが可能なら、ウイーンは今一度行ってみたい都市である。

ウイーンの市井  (写真上でダブルクリックすると大きくなりますよ)

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ホテルの近くで蚤の市があった。ので、出かけた。古いレコード、書籍、絵画、誰かの肖像画、古着、ガラス細工、装身具、シャンデリア、などなど何でも売っているので、見て回っていると、本当に楽しくなってくる。この朝はちょっと寒いな、と、感じていたのだが、早速に、このツアーのさる御婦人が、なんと1ユーロ(135円)で、暖かそうなセーターを買って着てられた。これが評判になって、又、みんなが、その古着屋さんに殺到するのだから、面白くなってくる。
この蚤の市の店の人たち、勿論、大方はオーストリアの人たちで、ドイツ語での会話がなされているが、良く聞いてみると、イタリア語も有れば、フランス語、英語と、いろいろあるらしい。全てが地続きのこの国では、これが当たり前であり、その意味で、ユーロという共通の通貨が決められていると云うことは、本当に便利である。
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蚤の市に隣り合って、朝市が開かれていたので、それも見てきた。朝採れの新鮮な野菜が豊富である。フラウに聞くと、日本より安いという。トマトは見事にみな完熟であり、1キロ1.5ユーロとある。キュウリはみな太い。西瓜はでかい。白菜、大根を見ていると、漬け物が食べたくなってくる。焼き鯖と大根おろしが懐かしい。
が、さすが内国なので、魚は少ない。並んでいるのは、ドナウ川の川魚かもしれない。フラワーショップはどこでもキレイで、気持ちよいものだ。

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ホテルでは朝、目覚めると、私達はいつも日本から持参した、紀州の梅干しをしゃぶり、緑茶を飲むのが習わしとなっていた。これで、何となく胃袋が安心する様な気がするのである。
その後、朝食まで、ホテルの周辺を一回りする。この一丁周りは内地でも毎朝している習慣だからである。日本同様、ウイーンの街にも、町内ごとのように、教会が建っている。が、その教会一つ一つに、例えば、ここはシューベルトの葬儀が行われたところとか、由緒があるので、それを発見するだけでも楽しいものである。

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しかしちょっと町筋を離れて路地にはいると、日本でも見られるような落書きが良く見受けられる。のは残念である。芸術のつもりで、落書きしているのであろうか、その心は私には解らない。

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ウイーンのスーパーも開店時間が早い。勤め人の人たちが、携帯食料を購入している。日本同様、何でも売っているが、便利なのは、どんな少額でも、カードが使えるのがよい。但し、郊外のスーパーでは、例えばMasterCardは使えても、VisaCardは使えないところもあった。お土産用にと購入したウイーンの紅茶や菓子類は、スーパーの方が、空港の免税店のものよりも安かった。

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空港の免税店近くには、ホームレスの子供達の写真と、「汝,ひと一人を救うことなく立ち去る事なかれ」の掲示があり、集金箱が置いてあった。こんな時にも、共通通貨ユーロは有効であろう。

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ウイーン滞在中、正直言って、美味しい食事というものはなかった。パンは何故かしら、どれもこれも徒に硬かった。これは柔らかくていけそうだと思ったら、ケーキのように甘くて、食べきれるものではなかった。
結局、毎朝、コーンフレークに牛乳をぶっかけた、鳥の餌みたいなものばかりが続いた。ただ私には燻製のハムだけは美味いと思った。
観光のルートのなかで、一日、日本食堂に入ったことがある。ここで珍しく、焼き鯖の定食が出た。何よりも久しぶりの、ご飯とお漬け物が美味しく、みなの絶賛を博した。ここの食堂での、メニューの写真を載せるが、だいたい何でも10ユーロはするようである。

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ウイーンの歴史と美

観光案内書にはあまり記載されてないが、塩野七生女史による「ローマ人の物語」を読むと、ウイーンの町の起源は、2世紀の昔に遡る。紀元2世紀頃ローマ帝国が、この地を支配下に治めていた頃、ドナウ川東岸の、いわゆる蛮族による侵入略奪を防御するために、この地に砦を造ったのが、その始まりである。当時のローマ帝国では、砦や基地を造ることは、都市を造ることでもあった。そのためのインフラは確実であったし、堅固であった。その砦の遺跡が、現実に、今のウイーン市内の王宮の直ぐそばに発掘されている。

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その後のウイーンの歴史の変遷は、教科書にゆだねるが、とにかく、中世には欧州全域に亘ってのペストの流行がすさまじかった。現在ウイーンの中心部にある青いドームのカールス教会も、そのペスト撃退の守護聖人カールボロメウスに捧げられた建物である。その為かどうかは解らないが、正面横に立つ女神の立像には、「しゃれこうべ」がくっついている。守護聖人は日本でなら薬師如来に相当するのかもしれないが、それにしても「しゃれこうべ」は不似合いに思った。

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このあと、別の日に、ハプスブルグ家歴代の皇帝の棺が納められている、カプツィーナ教会の地下を見学したことがあった。のだが、偉大とも云うべき、皇帝とお后の立派な棺にも、「しゃれこうべ」が飾られていた。案外これは魔よけのつもりなのかもしれない。

観光コースの一つである、ベルベデーレ宮殿を訪ねた。ウイーンにしては暑い日であった。ベルベデーレとは「美しい泉」と言う意味らしい。いわゆるバロック様式の大宮殿で、バラック様式の我が家とは全く別次元の世界である。

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宮殿の前面、後面共にその庭が美しい。建物内部は美術館になっていて、とりわけクリムトの「接吻」の絵が賞賛されていた。解説員によるとこの接吻の絵は、sex を賛美するものであり、人間の本質を表現していると云うことであった。文明社会に於ける出生率の低下が問題視されている現在、格好の名作かもしれない。
この宮殿の3階からは、遙かにウイーンの森の山並みが見渡せた。スイスアルプスの最末端が、ここウイーンの森の山並みであり、ドナウ川で終わるのだそうだ。だから、ウイーンの水道水は、遙かにアルプスの水を引いており、ドナウ川の水は使用されていない。

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ヨーロッパに来ても、毎日、ガス抜きの水を買わねばならないのには、いつも抵抗を感じていたのだが、その点、ウイーンの水道水は、そのまま美味しく飲めるのが、我々日本人には嬉しいことである。


ウイーン、そして音楽

私自身は平々凡々の凡人であるから、「音楽はこの人でないとイカン」と言うような、哲学は持ち合わせてない。クラシックは勿論好きだが、日本の歌曲も好きだし、狂言のような言い回しも大好きである。音羽川の上流を遡って、山中で漢詩を朗詠するのもまた、気持ちよいものである。
それはとにかく、クラシックの中で、私が日頃好く口ずさんでいるのは、矢張りベートーベンの第9、その「freude」であろうか。この歓喜の歌は、私の松江在住中、毎年、年末には合唱していたし、また、卒業生達の結婚披露宴の時などにも、よく歌った思い出がある。
また学生時代、よく友人達と山野を跋渉したものだが、そんな時、ベートーベンの「田園交響曲」そのものの情景に出会して感激したことがあった。などなどで、ともかくベートーベンは好きである。

今回、ウイーンへ来て、そのベートーベンの旧跡を訪ねることが出来、幸せであった。
ヨハン・シュトラウスの「蒼きドナウ」の橋の上から、ベートーベンが田園交響曲を瞑想したというウイーンの森と山が見える。

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そのウイーンの森の近く、バーデンとハイリゲンシュタットを訪ねた。この辺り、昔は簡素な保養地だったそうだが、今は、官僚達が住む高級住宅地らしい。バーデンはその名の通り温泉が出、その温泉から例の硫黄の臭いがするので、シュベヒヤート(臭い)川が流れている。この辺りも昔ペストにおそわれたらしく、街の中心にはペストの塔が建てられていて、今も花が供えられている。何故かしら、多分、この地がウイーンを代表するつもりなのか、 ウイーン国際空港の正式な名もシュベヒヤート空港である。

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街の壁にベートーベンがこの街で、しばしば、移り住んだ住居の地図が載っている。新たな楽才がひらめくたびごとに、引っ越ししていたのかもしれない。

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私の好きな彼の第9を完成したと云われる、Beethovenhaus の前で写真を撮ることが出来た。

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その後、彼が難聴に悲観して、弟たちに向けて書いたという ハイリゲンシュタットの「遺書の家」に入館した。なんとそこには、ベートーベンの遺髪が遺されていた。こんなにも身近に彼を感じたことはなく、感動そのものだった。この日のガイド、岡本 勝 氏が彼の遺書を読んで聞かせてくれた。胸が熱くなった。

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しかし、実際には、彼はこの遺書を書いたあと、難聴を自覚しながら、次々と素晴らしい作品を完成していったという。人間、一度は死を覚悟した方が、結局は充実した人生になるのかもしれない。

次に彼が交響曲第6番「田園」を構想したという、ベートーベンの道 Beethovengang を実際に歩き、彼が休憩したという、BeethovenRuhe で、彼の銅像と共に写真を撮った。感激の一瞬であった。

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この道は、又、是非来てみたいと、思った。


その日のウイーン

全くの偶然なのだが、私達がウイーンへ入った日、オーストリアの大統領が任期二日を残して崩御されたらしい。ウイーンに到着しての翌日、街に出てみると、多くのホテルやビルの屋上にオーストリアの半旗が翻っていた。大統領職の引継は、スムースに行われたのか、市内は平静だった。

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観光コースの常道として、シェーンブルン宮殿に出かけたとき、その美しい建物の正面には、長い黒幕が掲げられていた。普通の絵はがきでは、絶対に見られないこの景色を、撮影した。この写真はだから希少価値がある、と自分では思っている。

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シェーンブルン宮殿内部の庭園は、実際素晴らしい。私は実は、予め読んでいた案内書からの情報で、ここでは、丘の上の「グロリエッテ」にのぼり、ここのカフェでエスプレッソを嗜み、そのあと、日本庭園を訪ねるつもりだった。 のに、この日のガイドさんが、宮殿内部の各室を懇切丁寧に説明されたので、持ち時間が少なくなり、グロリエッテへの接近も、日本庭園の訪問も出来ずに終わってしまった。 漸く「ネプチューンの泉」の裏側まで辿り、ここから、ホームページ掲載の写真を撮れるだけで終わってしまった。

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さて、この問題を解決するには、どうしたらいいと思われますか?  やっぱりもう一度、ビジネスクラスと云うことになりますかね?!?。

ウイーンのセンター街にはシュテファン寺院がある。先の大戦で、大半が破壊されたとあって、現在も少しずつ修復が進められている。修復のためには金がかかるので、教会の尖塔はそのまま広告塔になっている、のも面白い風景である。 この風景のまま、大統領の葬儀は、このシュテファン寺院で挙行されたのだった。

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大統領の葬儀が行われていようと、この日のセンター街、ケルントナー街、クラーベン通り、有名喫茶店DEMELのあるコールマルクト通りの、歩行者天国は大にぎわいだった。我々がDEMELで、喫茶していると、葬儀を終えた黒服の政府高官達が、十数人どかどかと入って来たものだった。

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国立オペラ座も外装の修理中で、白幕が掛かっており、撮るべき写真の場はなかった。オペラ座では夏期は通常、定期演奏会はなされない。が、多分、観光客のためにだろう、モーツァルト演奏会が予定されていたので、参加してみた。料金は高かった。
一番前の、いわゆる、かぶりつきの席だった。ので、反って、演奏者達のそぶりが直に見えて、この時の印象はよくなかった。ただ、アンコールで、例の「蒼きドナウ」と「ラデッキー行進曲」をやったので、ニューイヤーコンサートの雰囲気だけは楽しめた。オペラ座の中は撮影禁止だったが、偶然撮れたモーツァルトの像を載せておきます。

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一応 おわりです。 が、ウィーンについての情報検索には、例えば、http://wien-jp.com/ なども有用です。 ご参考までに。

Aufwiedersehen!              
               (2004.07.20)


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